もっと知りたいIPM「センシティブ環境とIPM」

ジャック・ドラゴン(Contributor)

 日本の環境衛生が、基本的には、憲法第25条がうたう国民の生存権と国の社会的使命に基づいて、守られていることは前号で述べました。いま首都圏などは、見事なまでに市街化され、完成度の高い社会資本の充実に伴って、欧米先進諸国のそれにも比肩できる環境衛生が実現しています。
 今号では、センシティブな施設(学校、動物園、食品施設、食堂など)の内でも、とくにセンシティブな環境と考えられる食品施設のペストマネジメントについて、アメリカではどうしているのかをお伝えしようと思います。

NPMA:殺虫剤の使用法2008年版

 全米ペストマネジメント協会(NPMA)は傘下のPMPがどのような施工現場で、どのような殺虫剤が使えるかについての指標を示します。通常は年度ごとに改定され、とくにラベル改定(薬剤の登録内容変更)があった翌年の改訂版は、PMPにとって無くてはならないものになります。
 そこでNPMAは、それぞれのスタンダード(維持管理基準)について、もし改定が必要であれば、次の年の発行時までにその部分に関する改定の手続きを踏む作業が行われます。要は一度決めた仕様が、かなりの期間そのままにされるのではなく、必要に応じて使われやすいものに改められることが肝要と言うことなのです。
 このスタンダードは2007年版が下敷きになっています。2008年版には「はじめに」として、改定された箇所の紹介があり、これらの大部分は、先の07版のユーザー(PMP)や食品業界からフィードバックされた意見をもとに書き換えられたものです。もちろん、州庁および連邦州の殺虫剤規制などを反映しますが、食品施設における防除では実際にはこれらよりも数段に厳しい、安全上のまたは食品保護にかかわる別の規則や法律が存在するのです。
 このような規制や食の安全安心を守る努力は、永続的に続けられ、取り入れたほうがよいような改変については、その年のペストワールド注1で会員に通知されます。
 PMPはこのマニュアルに沿って、それぞれの場面ごとに防除活動を行うのですが、そこに示される手法は、実はそのまま防除業務に展開できることばかりではありません。マニュアル好きのアメリカ人なのにとお思いでしょうが、どうもアメリカのPMP業に限ってはそうではないらしいのです。彼らには自分たちの技量のなかで解決できる余裕を持ったマニュアルの方が好まれるようです。
 ここでは、数あるスタンダードのなかから、センシティブ施設のペストマネジメントの1例として、食品施設を取り上げました。とくに留意していただきたいのは、日本のそれとの相違点です。

食品施設のIPMではILTが主役

 食品施設のペストマネジメントスタンダードはネズミで始まります。食品施設ではネズミが主要なターゲットになるようで、多くのページが割かれています。施設内・外部のネズミ対策、鳥と野生生物対策、雑草対策の順で記述され昆虫対策へと続きます。
 昆虫対策は貯穀害虫と飛来侵入虫とに分けて記述され、それらのモニタリングと防除に、IPMの主役になりつつあるILT(インセクトライトトラップ)の正しい利用法が、以下のように解説されます。
①メーカーの効力保証期間に従ってUVランプを交換します。ただし、いずれの場合でも年に1回のUVランプ交換が必須です。
②最低でも1ケ月に1回ILTを点検し、その際に粘着紙を交換します。
③粘着紙に付着した昆虫類を同定記録することを忘れてはいけません。
 食品施設の害虫防除に不可欠のライトトラップですが、ともすれば設置した後のメンテナンスが忘れられがちなのは、日本のPCOの皆さんにもよくあることではないでしょうか。
 また、匍匐性の貯穀害虫類の防除によく使われるフェロモン入り粘着式トラップは、必ず月に1回モニターし、粘着紙をその都度取り替えることとされています。主として飛翔性昆虫を捕獲する目的のILTと同様に、粘着紙に捉えられた昆虫を同定記録するとされているのは言うまでもありません。
 維持管理基準については、関係者との間に少なくとも年に1度の検討機会を設け、必要に応じて修正する必要があります。防除の際は、たとえILTやフェロモントラップを使う場合でも、それらが食品へ直接または間接に接触したり、食品包装にコンタミしたりしないようにします。
 ご覧になられたように、肝心なことについてだけはクリアーカットに記載されているのが、アメリカのPMP向けマニュアルだと言うことはお分かりいただけたでしょうか。つまり、この種の日本式マニュアルは、かなり細部にまでこだわるのですが、案に相違して米国式には細かい取り決めがありません。そこにはある程度の余裕を持たせることで、70年の歴史を持つ本国のPMPの技量を、さらに開発しようとする企みがあるのかもしれません。

ではどうしても薬剤をというとき、どんな薬剤が用いられるのか/参考になる?EPAの規制外農薬

 IPM施工における日本の維持管理マニュアルには、薬剤を必要とするとき、医薬品または医薬部外品殺虫剤を使うとされています。
 これに対し、アメリカでは安全性に優れたEPAお墓付きの殺虫剤を使いなさいとだけ書かれています。この辺のところは11月に有楽町の東京フォーラムで開催予定のFAOPMAで、アメリカにおける食品施設のIPM第一人者、ボブ・クンストさんが詳しく解説してくれるはずです。そのタイトルは「食品製造施設のIPM防除」:IPMinfbodprocessingplants
Mr.Robert Kunst,President Fischer
Enもvironmental Service Inc.USA です。
 たぶんその際にも触れられるでしょうが、食品施設では残念ながら、基本的には殺虫剤の使用が許されません。前述のNPMA殺虫剤の使用法2008年版にも、昆虫類の発生予防と防除にと題して“登録された殺虫剤をラベルに従って使用する”とだけ記載されています。つまり、食品へコンタミするおそれが無いとき(食品等がその施設に無い)のみ、ラベルどおりの用法が許可されるのです。また、規制を受けない(登録の無い)殺虫剤としてのエッセンシャルオイル(植物抽出抽など)にしても、クラックアンドクレドス処理やスポット処理に限っての使用だけが認められています。
 ではFIFRA(連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法)の適用を除外される(規制を受けない)薬剤には、どんなものがあるでしょう。

EPAの規制外農薬

 シナモンとその油分、シトロネラとシトロネラオイル、クローブとクローブオイル、コーングルテン、コーンオイル、棉実抽、ドライドブラッド(乾燥血)、オイゲノール、大蒜と大蒜抽、ゲラニオール、ラウリルサルフェート、レモングラスオイル、ミント、ローズマリー、2-フユニルプロピオネート、ソルビン酸カリウム、塩、大豆油、胡板、亜鉛板などをはじめ、全部で25種に上ります。
 これはもともとアメリカにはFDA(食品医薬品局)が管掌するOTC医薬品類(オーバーザカウンター薬、一般用医薬品)にも、いわゆるグランドファーザーと呼ばれる、昔ながらの民間伝承薬を企業化したものがあるのと同じように、殺虫剤にも上に見るような「本当に効くの?」と思われるような製品も慣例法として認められているのです。
 ちなみにドライドブラッドですが、EPAはこの薬を91年に再評価し、主として害獣に対する忌避作用が認められるとしています。ドライドブラッド製剤は新鮮な牛血を遠心分離し、乾燥して作られる粉末で、他の殺虫剤などの混ぜて使用されることもあるとされます。その適用が「害獣の忌避」となれば、成る程なとうなずけるのかも知れません。
 NPMA発行の「殺虫剤の使用法2008」をざっとご紹介しました。皆さんにはJPCA(日本ペストコントロール協会)が3月に発行した、IPM検討委員会(田中生男編集委員長)による「PCOのためのIPM 害虫別・施設別IPMマニュアル」があります。私は日本製の方が、格段によくできていると考えています。
 このマニュアルは1月の厚労省通知「建築物における衛生的環境の維持管理について」の完壁な解説書とお考えください。そして、40年という節目を迎える日本のPCO業界には、このマニュアルを活用して、日本の環境衛生のために更なる貢献が望まれるのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース295号(2008年7月)に戻る