私たちの暮らしと「むし」のつながり

ツマアカスズメバチの最新情報と外来生物としてのスズメバチ

九州大学農学研究院生物的防除研究施設 上野高敏

 身の回りにいる昆虫の代表としてスズメバチの話を3回にわたって記事にしてきました。特に外来種として問題となっているツマアカスズメバチに焦点を当ててきましたが、残念ながら今年も本種に関する新しい、そして悪い、情報が入っています。ツマアカスズメバチはこれまで対馬からのみ定着が確認されていました。宮崎県の日南市や福岡県の北九州市でも採集されましたが定着はしていません。しかし、今年の9月になって、長崎県の壱岐から複数のツマアカスズメバチが発見されたのです。壱岐は対馬からはもっとも近い人の住む島で、対馬よりはさらに九州本土に近い位置にあります。壱岐のツマアカスズメバチがどこから来たかについてですが、壱岐には対馬との間で定期便(船)が往復しているので、おそらく船便で偶然にツマアカスズメバチが持ち込まれたのではないでしょうか。

 対馬と壱岐は距離的に最短で60キロぐらい離れていますが、途中に島はありません。さすがにこれだけの距離があって、ツマアカスズメバチの(女王の)飛翔力も考慮すると、このスズメバチが壱岐へと自然分散してくる可能性はほとんどないでしょう。一方、壱岐と九州本土は最短距離で20キロ(壱岐と唐津にある港間では40キロほど)程度しか離れていません。さらに壱岐と九州本土との間には無人島も含め、いくつかの小さな島があります。これらの島との距離となると15キロあるかどうかです。これぐらいの距離になると、もはや飛んでくる可能性はない、などと言ってはいられません。それらの島を飛び石伝いにしながら、本土へと拡散してくる可能性が出てきます。つまり壱岐にツマアカスズメバチが定着した場合、本土への侵入リスクが格段に上昇してしまうのです。

 とにかく、発見の2日後にすぐに壱岐へ飛んで(実際は船で渡ったのですが)ツマアカスズメバチが定着しているのかどうかを調査しました。その結果、ツマアカスズメバチを壱岐から追加確認すると同時に、壱岐北部に本種が営巣している状況証拠も得ました。一方、ツマアカスズメバチは壱岐の北東部になる芦辺町のとても狭い範囲でのみ見つかり、侵入後のごく初期の段階にあるであろうことも確認しました。その後、さらに追加の調査を行い、やはり北東部の一部のみでしか見つからないことや、見つかるにしても、ずいぶん個体数が少ないことにも気がつきました。調査では、ニホンミツバチの巣箱、各種の花、果実、など餌場として利用されるところを中心にひたすら見回るか、糖蜜散布によって蜂を誘引するという方法を使って、スズメバチ類を探します。トラップ法もよく使うのですが、これは環境省の方でやっているので別の手法をなるべく使います。

 結局、僕自身は5地点でツマアカスズメバチ(働き蜂)を確認できたのですが、それらは非常に狭い範囲に集中していていました。ニホンミツバチの巣に飛来していた個体にマーキング(同一個体であることを確かめるため印をつけること)し、行動観察したところ、典型的なミツバチ狩り行動をしていることに加え、同じミツバチの巣へ繰り返し飛来することも確認しましたが、これはツマアカスズメバチが自分の巣と狩り場(今回はミツバチの巣)を往復していることを示すもので、ツマアカスズメバチが壱岐に営巣している証拠です。その後の調査で確認にした5地点でも、同様に働き蜂の観察をしましたが、飛んでいく方向や調査地点(餌場)へもどってくる時間から判断して、巣は1つしかないだろうという結論になりました。残念ながら、巣がありそうな場所をしぼり巣探しをやりましたが、巣の発見には至りませんでした。環境省の委託を受けたアセス会社の人がびっくりするくらい熱心に巣を探していましたので、巣探しはおまかせし、退散することにしました。


壱岐において確認されたツマアカスズメバチ。2017 年9 月に壱岐の芦辺町にて撮影。

 とにかく壱岐ではツマアカスズメバチの侵入ごく初期段階にあることに間違いはなく、行政各機関はもちろん、壱岐にお住まいの住民や養蜂家の協力を得ることで、侵入初期段階のツマアカスズメバチを根絶することは十分可能な段階だと思います。外来種対策においては初動を速やかに行うことが重要で、初動対応をうまくやれば昆虫であっても根絶が可能なのです。

 一方、対馬での状況はあまりよくありません。いや、一時期に比べ、個体数はとても減りました。また地域によっては数が明らかに減少しました。これは間違いありません。間違いはないのですが、ツマアカスズメバチの分布域は確実に広がり、北部では山間部でも見かけるようになりました。また、巣も場所によっては狭い範囲に複数あることがあり(働き蜂の飛来方向や餌場への往復時間からの推定)、それらの巣が10月を過ぎてもまだ未発見のままだったりするのです。市や環境省により駆除されているツマアカスズメバチの巣は、実際には全体の一部なのだとわかります。また2年続けて実施した春季の大規模なベイトトラップ設置により、相当数の女王蜂を捕殺しているはずですが、それだけでは本種の増加率を抑えることには成功しても、その個体数をある一定上のレベル以下にはできないようです。このため、「ありの巣ころり」と基本的に同じ概念に基づいた新規のベイトトラップの開発などが始まっています。僕が行った予備実験では、小さな巣であればうまく巣内の女王蜂を含め巣を撲滅できました。似た方法は別の機関でも検討されていて、いずれ対馬でツマアカスズメバチ撲滅を目指した実用化試験が始まるでしょう。それらの手段がうまく機能することに期待しています。


対馬において2017年に確認されたツマアカスズメバチの営巣例。
高木となったケヤキの樹冠に近いところに巣をかまえている。

 ところで今の日本ではツマアカスズメバチが外来スズメバチの代名詞みたいになっていますが、海外では外来生物として問題となっているスズメバチはツマアカスズメバチだけではなく、他にも何種かあります。体の小さいクロスズメバチの仲間のヨーロッパクロスズメバチ Vespula germanica とキオビクロスズメバチ Vespula vulgaris はユーラシア大陸に広く分布する普通種のスズメバチですが、全社は北米、南米、オーストラリアなど、後者は、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイなどに定着し、人を刺すだけでなく生態系にも悪影響を与え以前から問題となっています。この両種はヨーロッパでは街中の公園でも普通に見かけ、人の食べ物や飲み物にもよく誘引されてくるのでレストランなど市場でも飛び回っています(画像参照)。またキオビクロスズメバチは、侵略的外来種ワースト100にリストアップされるほど問題視されています。その一方で日本に土着するキオビクロスズメバチ(北海道から本州に分布)は、むしろあまり見かけないスズメバチで主に山林で見かける種であって街中などにはいません。同じ種であっても、北米産やオーストラリア産のキオビスズメバチが日本に侵入した場合、やはり街中でも普通に見かけるスズメバチとなってしまうのではないでしょうか?したがって、ヨーロッパ産や侵入地のキオビスズメバチは本土産とは別物と考えるべきで、その侵入を警戒する必要があると考えます。


侵略的な外来種として有名なスズメバチ2種。キオビクロスズメバチ(左)とヨーロッパクロスズメバチ(右)。どちらもオランダで撮影。特に後者は、レストランで食事中に目の前に飛来した個体を撮影したもの。街中でも身近に見かけるスズメバチである。

 また、ここ何年かの間に報告された新規の外来スズメバチでは、シオウスズメバチ Vespa bicolor とネッタイヒメスズメバチ V. tropica があります。特に前者は、日本に侵入・定着する可能性がある種です。シオウスズメバチは、中国大陸から東南アジアの大陸部に広く分布していて、中国南部やベトナムではもっとも普通に見かけるスズメバチの1つです。シオウスズメバチは非常に綺麗な種で、強烈な淡黄色をしており、とても目立ちます。体はキイロスズメバチよりも小さく、飛んでいるときはスズメバチとは思えないような軽い羽音をたてますので、目の前に飛んできても恐怖心などは抱かないでしょう。ツマアカスズメバチと同様に、俊敏性の高いスズメバチでもあります。本種は、中国原産と思われるものが台湾に侵入し、2010年後半に再確認されると同時に、分布の拡大が報告されています。崖など土中に営巣しますが、基本的に攻撃性は弱く、過度に恐れる必要はないと思いますが、スズメバチであることには変わりなく、本種の侵入には警戒が必要でしょう。


近年になって外来種として記録されたスズメバチ2種。シオウスズメバチ(左)は飛翔力が高い。画像はゴミ捨て場に来集するハエを狩るためにホバリングしているところを撮影した(ベトナム産)。ネッタイヒメスズメバチ(右)は大型のスズメバチで、日本本土産のスズメバチとはずいぶん雰囲気の異なる厳つい種である。画像はタイにて撮影したもの。

 ネッタイヒメスズメバチは、その名の通り、アジアの熱帯域を含む、東南アジアから中国南部にかけて広く分布している大型のスズメバチです。日本に分布するヒメスズメバチにとても近い種ですが、見た目の雰囲気は全然違います。場所によって羽の色や体色に変異がありますが、基本的にお腹の真ん中辺りにオレンジ色の広い帯がある以外は、黒ないしは黒褐色で、厳つい感じの大型種です。その色彩パターンは、南西諸島(宮古島以南)に生息するツマグロスズメバチ V. affinis によく似ています。このネッタイヒメスズメバチは、ごく最近になってグアムに侵入したようで、2016年にいくつかの巣が見つかっています。現在ではグアムのほぼ全島から見つかっていて、当地では、確認された年にリゾートホテル敷地内で宿泊客の1人が刺されたため大問題となりました。本種も日本に侵入する可能性があるでしょう。

 このように書いていくと、なんだか海外から我が国に一方的に迷惑な虫が入ってくるばかりのように思われるかもしれませんが、日本産のキイロスズメバチが台湾に侵入したこともあり(ただし定着はしなかったようです)、海外でオオスズメバチの死体が検疫中に見つかったりもしていますから、日本のスズメバチが海外に輸出され問題となる可能性だって十分にあります。

 さて、スズメバチという昆虫の中ではかなり小さなグループでさえ、将来日本に侵入し問題となるかもしれない種がいくつかあるわけです。ということは、昆虫全体では、はるかに多くの種が外来種として問題を引き起こす可能性があることになります。我が国から記録されている外来昆虫だけで400種くらいはありますが、毎年のように新しい外来昆虫が何種も見つかるので、外来昆虫種数は年々増加しています。世の中がさらにグローバル化し、地球温暖化が進むのであれば、この傾向は今後さらに強くなっていくに違いありません。全ての外来種が何か目立った問題を起こすわけではありませんが、外来種が引き起こす農業被害、衛生問題、環境問題などは今後もなくなることはなく、むしろ増加していく一方でしょう。これからも(ほぼ未来永劫?)外来種問題から解放されることなく、次から次へと新規の外来種にも対応していく必要があるのですね。

上野高敏先生のツマアカスズメバチについてのお話は、今回が最終回になります。現地に足を運ばないと知ることができない情報を、リアルタイムでお伝えいただきました。たいへん興味深い内容で、勉強になりました。4回もご寄稿いただき、感謝申し上げます。益々のご活躍を期待しております。(編集)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース368号(2017年12月)に戻る