私たちの暮らしと「むし」のつながり

スズメバチは最弱な昆虫

九州大学農学研究院生物的防除研究施設 上野高敏

 これまでは2回続けて侵略的な外来昆虫ツマアカスズメバチについて書きました。今回と次回は、ほとんどの人が知らない、意外なスズメバチの秘密と生態について紹介したいと思います。

 タイトルを見て「最強の昆虫」の書き間違いだと思われた方がいるかもしれませんが、そんな間違いはしません。最強の昆虫だと信じている人すらいるスズメバチですが、視点を変えると実は「最弱」な昆虫なのです。そんなバカなと感じられるかもしれませんが、これ本当の話です。


庭木に飛来したキイロスズメバチ。甘い炭水化物源を求めて飛び回っているところ

 スズメバチってもしかして弱いのか?と僕が思ったのは、少年時代にまでさかのぼります。恐ろしいほどの重低音を響かせるオオスズメバチを網で捕まえ、虫かごに入れ家に持ち帰った(少し飼育してみようとしたように覚えています)ところ、そのスズメバチが家に到着後何時間もしないうちにぐったりとひっくりかえっていたのです。あれほど恐ろしげな羽音をぶんぶんと立てカゴの中を暴れるようにしていたオオスズメバチでしたが、びっくりするくらいに短命であることを発見したのでした。とても予想外のことだったので今でも記憶に残っているんですが、同じようなことをその後も何度か経験しました。

 蝶だろうとバッタだろうとカマキリだろうとカブトムシだろうとカナブンだろうと、ほとんどの虫は餌をやらなくても何日かは普通に生きています。でもスズメバチは、何時間程度しか生きていないのです。なんて、か弱い昆虫なんでしょうか。子供の頃はその理由が分かりませんでした。


生け垣に絡んだヤブガラシの花を訪れたヒメスズメバチ。ヒメスズメバチはたいへんおとなしいので人を刺すことはない

 短命なスズメバチは実のところ、全て働き蜂です。女王蜂や雄蜂は餌をやらなくても何日も生きています。また、働き蜂の寿命が何時間しかないわけではなく、彼女たちが体の中に蓄えているエネルギーはごく僅かなので、その程度の時間しか活動できないだけです。あれだけ大きな体をして、おまけに中身がいっぱい詰まってそうなお腹をしているのに、実は、脂肪や糖分など生きるために必要なエネルギーをほとんど持ち合わせていないからなのです。

 働き蜂にしてみれば、これは当然のこと。ただでさえ大きな図体を動かすのに多大なエネルギーがいるのに、余計な脂肪だの栄養分だのを体に蓄えちゃったら、体が重くなって仕方ありません。体を重くしてしまうと、巣に運ぶ餌や獲物の積載量が小さくなってしまいます。お持ち帰りする餌や獲物を最大限にするのであれば、無駄なものは全て削除して体を軽くしておく必要があるわけですね。実際、スズメバチのお腹を解剖してみると、驚くほどに中身が空っぽなんです。巣と餌場(あるいは狩り場)の往復分プラス探索にかける時間分程度の燃料しか積んでいないので、すぐにエネルギー切れを起こすのです。もちろん普通はそうなる前に巣にもどり燃料補給しますから、働き蜂の寿命は実際には短い種で2週間、長い種では2ヶ月程度にはなります。


庭木から樹液が出ているため、それを舐めにやってきたオオスズメバチ

 このようにスズメバチの働き蜂は、ぎりぎりまで身を削って、巣にいる幼虫と女王様に食べ物を届けるべく、そのあたりを飛び回っているわけです。そして命の続く限り働き続けるんです。勤勉手当は出ません。というか、ただ働きです。残業時間に制約などあるわけありません。最低限の飯しかもらえません。体脂肪率は気にする必要ないですね。文句も言いません。自分の生まれた巣がブラックだのなんだのと、愚痴もこぼしません。転職も考えていません。ただただ自分の役割をこなすことだけに集中し、ほとんど過労死に近い状態で一生を終えます・・・

 そういうことなので、スズメバチたちは我々人間には興味など持ちません。持っているヒマも基本的にないんです。僕たちが普段目にするスズメバチの多くは餌探しや狩りに夢中です。何か良い匂いをさせていると、僕たちにアプローチしてくることがあるかもしれません。でもそれは人間に興味があるのではなくて勤務中だからです。仕事人間、じゃなくて仕事蜂だから。ということは、餌を探していたり狩りをしているスズメバチが人をむやみに攻撃することなどないと理解できます。


庭に植えられたランタナの実を食べに来たキイロスズメバチ

 例えば、家の庭などにスズメバチが飛んできたとして、その様子を少し観察してみてください。庭木や生け垣をふらつくような感じで飛んでいるなら、それは餌を探しているところです。好みの花が咲いているのなら蜜を舐めにきたのかもしれません。樹液が木から出ていたり熟した果物が庭木にぶら下がっているならそれらが目当ての場合もあります。アブラムシがたくさんいたら、アブラムシがお尻の先から出す甘い蜜(甘露)を求めてやって来たのかもしれません。あるいは花に集まる昆虫を狩りに来ていることもあるでしょう。いずれにしても、そういう時のスズメバチは、人間に対して基本的に無関心で、うっかりこっちから近づきすぎると、むしろ向こうが驚いて飛び去っていきます。スズメバチが攻撃的なり人を刺すのは、その背後の巣がある場合ですが、巣がないときには彼女たちは実に無害な昆虫なのです。仕事が忙しくて、僕たちにかまっている余裕がないんですね。

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