私たちの暮らしと「むし」のつながり(1) ツマアカスズメバチがやってきた

九州大学農学研究院生物的防除研究施設 上野高敏

 私たち人間はこの地球上でもっとも繁栄している生き物の1つではありますが、人間と同等かそれ以上のレベルで大繁栄中なのが昆虫たちです。あらゆる生物群のなかで最も種の多様性が高いのが昆虫ですし、なにより街中だろうとどこであろうと虫を見かけない場所を探すのが困難なほど彼らはどこにでもいます。当然、私たちの生活ともあれこれと絡んできますね。一方、以前は専門家でも知らなかった身近な虫たちの不思議な生態や秘密が研究の進展とともに明らかになってきています。そこで私たちとの関わりに焦点を当てながら、専門家の間で話題となっている虫たちについてシリーズで紹介していきたいと思います。

 トップバッターは「ツマアカスズメバチ」です。このスズメバチの名前をどこかで聞いた、あるいはテレビで見た、という方が最近だいぶ増えたことかと思います。この蜂は日本に元々住んでいた種ではなく、お隣の韓国や中国から長崎県の対馬や九州へ侵入してきた外来種です。外来種イコール「やっかい者」というイメージを持たれているかもしれませんが、そのイメージ通りの蜂です。2012年に対馬で最初の個体が採集されたのですが、翌年に調査に出かけたところ、既に対馬の北部に広がっていて巣もたくさん見つかりました。スズメバチは体も大きく、とても目立つ昆虫なのですが、これほど拡散するまでに誰も気がついていなかったことにショックを受けたものです。

 そもそもツマアカスズメバチは東南アジアから中国南部にかけて分布する普通種なのですが、中国南部のものが2000年代前半にヨーロッパや韓国に定着・増加し、問題となっていました。日本への侵入も時間の問題かと思っていた矢先に、対馬に定着していたわけです。去年には北九州市で、さらに今年の春には宮崎県日南市でも採集されました。九州本土ではまだ定着が確認されていませんが、中国や韓国と貿易のある港を経由して日本各地にこの外来蜂がいつ侵入してきてもおかしくない情勢です。人の往来と貿易はグローバル化に伴い益々増えていくでしょうから、この蜂の侵入リスクも上昇していくでしょう。急ぎ本種の分布拡大阻止に取り組む必要が出てきました。

 ところで、ツマアカスズメバチの何が問題なのでしょうか?まず、ツマアカスズメバチは順応性が高く都市部でも生息できるため、日本本土に侵入すると様々な問題を引き起こすでしょう。在来のスズメバチが少ない場所でも普通に生息できるポテンシャルがあるので、スズメバチなどいないと油断していてツマアカスズメバチに刺されてしまうという事故がでるでしょう。春から初夏は草むらや生け垣や床下などに、夏以降は引っ越しして樹上の高いところ、それに電柱や街路樹,マンションや家の壁などに巣を作ります。マンションや家屋に巣を作られると駆除がやっかいですね。子供たちが遊んでいる公園にも姿を現し巣を作ります。対馬では草刈り中や家の周りで刺されるという事例が少しずつ増えてきました。

 また他のスズメバチ同様に強力な捕食者であるため生態系へ広く悪影響を与えることが懸念されます。例えばハワイなどでは外来のスズメバチが増えたため、クモや昆虫類が減ったという証拠が示されています。今のところ、ツマアカスズメバチのせいで何か在来の生物が減ったという現象は確認されていませんが、この蜂が増加し続けるとどうなるかはまだ分かりません。

 さらにツマアカスズメバチはミツバチが大好物という習性を持つことが分かってきました。ミツバチを執拗に狙うため、いや本当にしつこいんですが、ミツバチの活動が妨害されます。ミツバチの巣の中の幼虫や女王蜂までは襲わず、働き蜂だけをお持ち帰りするんですが、その執拗さ故にミツバチにストレスを与える可能性があるのです。養蜂家にとっては本当にやっかいなスズメバチということになるでしょう。

 ということで、この蜂の侵入と定着を阻止するために、侵入が確認されたなら速やかにその場で根絶する体制を作り上げる必要があります。しかし研究者や行政の方だけでは、どうしても目の数が足らないのです。できることにも限界があります。そこで一般の方々の多くに関心を持ってもらう必要がでてきます。この蜂の発見に協力してもらえると侵入初期の段階でこの蜂をすばやくキャッチできるでしょう。するとその分、より効率的に外来スズメバチの定着を阻止できるようになるわけです。

 さて、ツマアカスズメバチの悪い点や問題点ばかり書きましたが、このツマアカスズメバチという蜂について研究していくうちに、次から次へと興味深いことが分かってきました。そこで次回は、ツマアカスズメバチとミツバチとの間の不思議で、そして熾烈な、攻防について紹介しましょう。


写真1 キイロスズメバチ(左)とツマアカスズメバチ(右)の比較


写真2 休憩するツマアカスズメバチの女王様(対馬にて撮影)


写真3 ツマアカスズメバチの毒針

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース350号(2016年6月)に戻る