虫の冬越し

一般財団法人日本環境衛生センター 環境生物・住環境部 橋本知幸

新年あけましておめでとうございます。
 これから寒さが厳しくなりますが、こんな時期でも家の周囲ではサザンカ、ヤツデ、ツワブキなどの
花が咲いています。よく見ると、そこにはハエやミツバチなどが飛来しています。もちろん、これから
の時期は虫たちにとって一年で最も過酷な時期ですが、東京の冬はずいぶん暖かくなって、花も虫もほ
ぼ周年見られるようになりました。正月から駆除の話も憚られるので、今回は虫たちの冬越しを取り上
げてみましょう。

 私は毎年秋になると、虫友とクワガタ採集に出かけるのを行事にしています。ターゲットは年によっ
て変わり、9月の柳に来るヒメオオクワガタだったり、12 月のマダラクワガタ探しだったりするので
すが、2015 年は11月の奥日光にルリクワガタを探しに行きました。紅葉も終わって人影もないこの時
期、ポイントは北斜面にある落葉樹の朽ち木です。冬の間に陽が当たると、寒暖差が大きくなり、越冬
するには適当でないのです。材割りという方法で探すのですが、条件が良い朽ち木からは、時に数匹の
ルリクワガタが出てくることもあります。他にもカミキリムシ、ハエ、ちょっと不気味な正体不明の虫
の幼虫などが時々出てきます。人間だったら、様々な環境がある中で、陽の当たらない北斜面などとい
う場所は選ぶことはないと思いますが、活動を停止する昆虫にとっては、厳しくても安定した環境のほ
うが好まれるのです。

 結局、この日はルリクワガタの成虫は見つからず、収穫は赤枯れの朽ち木からのツヤハダクワガタの
みでした(写真1)。標高1,200m を超えるこの地は、これから雪に覆われることになりますが、厳寒
の朽ち木の中で多くの虫たちが身を寄せ合って冬越しする様は、映画「2001 年宇宙の旅」のようです。

 しかし同じ時期、同じ場所で活動している虫たちもいました。このクワガタを見つけた場所で、半分
お遊びで、マダニ採集用の白布を引きずって調べてみると、10 頭以上のマダニが這い上がってきまし
た。落葉の表面でいつ来るともわからない鹿やウサギを待っているのです。この日はまだ5℃以上の気
温でしたが、私が2年前に調査していた富士山麓の草原(標高1,000m)では、気温が0℃近くになる
日でも、凍り付いた落葉層の表面からマダニを捕獲したことがありました。

 マダニは単に寒さに強いだけではありません。私の研究室では、冷蔵庫内で少し湿らせた脱脂綿を与
えたのみで、1年以上生存しています。各地で問題になっている吸血害虫トコジラミも飢餓に強いと言
われますが、当研究室で飼育しているマダニとトコジラミを比較してみると、繁殖力はトコジラミのほ
うが高いですが、マダニのほうが悪条件への耐性が高いように思います。翅もなく、移動力の弱い虫が
生き長らえてきたのは、このような強さが背景にあるのかもしれません。

 翅のある虫でも、冬に活動する種類が知られています。その名もフユシャク(冬尺蛾)という仲間で
す。蝶の仲間でも成虫越冬するタテハチョウの仲間やムラサキシジミなどは暖かい日には、陽だまりに
出てくることがありますが、クロスジフユエダシャク(写真2)は、本来の成虫の発生時期がこの時期
で、昼間、数多くの個体が寒い雑木林内で弱々しく飛んでいます。東京付近でも雑木林などで普通に見
られますが、その光景は不思議です。フユシャクの仲間は夜間飛翔する種類が多く、しかも飛んでいる
のは全て雄です。雌は翅が退化して飛べず、木の幹でじっとしていてなかなか見つけられません。雌の
出すフェロモンを雄が探知して交尾に至るのですが、天敵の少ない厳冬期を選んで成虫が出現するよう
になったとも考えられています。

 もう少し身近なところではミツバチも頑張っています。スズメバチは秋に新しい女王が一つの巣から
多数出て来て、交尾して単独で朽ち木内などで休眠に入ります。前述のクワガタ材割りでもよく遭遇し
ますが、この時期の個体は寒さであまり動けず、攻撃されることはありません。これに対して、ミツバ
チは1頭の女王と多数の働き蜂の集団で細々と活動を続けます。ニホンミツバチの場合、秋になって蜜
源が少なくなると、巣に溜め込んだ蜜を消費しつつ、冬越しします。冬の間は女王の産卵も停止し、働
き蜂の寿命も3ヶ月程度なので、徐々に巣内の蜂の数が少なくなります。このため梅の花が咲く頃まで
は巣全体の重さが減り続けます。それでも晴天の穏やかな日には巣を飛び出して収蜜飛翔をします。健
気なミツバチは愛おしく、見ていて飽きないのですが、冬の間は気性が荒くなるので、接し方には注意
が必要です。

 さらに家の中に目を向けてみると、住環境は人間が一年中快適に過ごすために虫たちにとっても過ご
しやすい環境になっています。山間部の旅館などでは毎年、越冬のために屋内に侵入しようとするカメ
ムシが周囲の山から大量に飛来し問題となります。日本産ゴキブリの中で北海道まで分布するのがヤマ
ト、クロ、チャバネゴキブリですが、いずれも冬の寒さが長らく北海道への定着を阻んでいました。ク
ロゴキブリとヤマトゴキブリは北海道への侵入時期は異なると考えられており、どちらかと言えばクロ
ゴキブリの方が人の住環境への依存度が高いと言われています。半屋外環境でも越冬できますが、若齢
幼虫は寒さで死亡する個体が多く、卵から成虫までの発育が足掛け3年になることもあります。

 これに対してチャバネゴキブリは、完全に屋内環境のみでしか越冬できません。特に真冬の夜の室温
が、定着するかどうかに強く影響します。チャバネゴキブリは今や北海道の都市部でも見られるように
なりましたが、冬の室温が15℃以下になってしまう戸建ての住宅では越冬が難しいのです。また真冬
の夜に、蚊に刺されたという人もいるかもしれません。蚊が刺しに来るのは夏というイメージがあるか
も知れませんが、アカイエカの仲間のチカイエカは冬でも休眠せずに吸血活動をします。一方、夏に庭
先で刺しにくるヒトスジシマカはヤブカ属の仲間で、卵で越冬します。成虫が出現するのは東京付近な
ら5月の連休明けからです。

 虫の冬越しの仕方は種類によって様々です。ひっそりと咲いている花や夜間の灯りにどんな虫が飛ん
でくるのか、また、雪山に行ったら、雪の表面に動いている虫がいないか探してみるのも楽しいです。

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