茶立虫

一般財団法人日本環境衛生センター 環境生物・住環境部 橋本知幸

 『ふと気がつくと、すぐ側にたてかけた障子のなかから、微かな物音が伝はつて来ます。
 「と、と、と、と、と・・・」
 美しい銀瓶のなかで、真珠のやうな小粒の湯の玉が一つ一つ爆ぜ割れるのを思はせるやうな響きです。間違はうやうもない、茶立虫の声です。』
 薄田泣菫(すすきだきゅうきん)の「茶立虫(ちゃたてむし)」というエッセイでは、チャタテムシの鳴き声によって、家の中の静寂が表現されています。

 チャタテムシの名前の由来は、その鳴き声が「茶せん」でお茶をたてる時の音に似ていることに由来し、江戸時代には既にこのように呼ばれていたといいます。ここに出てくるチャタテムシは、翅のあるスカシチャタテという種類であったと見られますが、実際にその声を聞いたことがある人はほとんどいないのではないでしょうか。このエッセイが著されたのは1943年頃ですが、現代住宅の中ではこのような風情を愉しむことはすっかりなくなって、害虫扱いされることが多くなっています。

 チャタテムシ類は世界で4,000種以上、日本でも100種以上が記録されています。現在、家の中で見られるチャタテムシは、体長1mm程度のヒラタチャタテ(動画1)、ウスイロチャタテ、ヒメチャタテなどの種類が多く、これらは畳のい草の繊維や、壁紙のわずかに浮いた隙間などの空間に潜み、カビを好んで食べます。一方、屋外に生息する種類は、木の幹、落葉の他、岩の上のコケ、動植物遺骸の微細片、鳥の巣、アリの巣などにも見られます。台風などで落下した枯れ枝の残った葉っぱなどを叩き出すと、数種類のチャタテムシがパラパラと落ちてきて(写真1)、先のスカシチャタテもこのような場所で見られます。屋外性の種の一部は、明かりに誘引されるので、庭木にいたものが夜間、窓辺に飛来し、窓を開けた際に室内に迷入することがあります。

 最近はDNA解析による遺伝的近縁性に基づいて、昆虫が分類されるようになっています。私が学生の頃は、まだPCR*1が分類に導入される前で、外部形態や生態的な類似性に基づいて分類されていました。チャタテムシ類は昆虫綱の中の噛虫目(ごうちゅうもく)、またはチャタテムシ目とされていましたが、遺伝子レベルではシラミ目と近縁であることが判明し、統合されて「カジリムシ目(咀顎目)」と称されるようになってきました。

 シラミと近縁とは言え、チャタテムシ類が人から吸血することはなく、家の中で普通に見られる種類であれば、被害の大半は不快感と言えます。多くの人は鳴き声を聞いたことはなくても、文庫本のページをめくっていて、小さな茶色のムシがチョコチョコ歩いているのは見たことがあるのではないでしょうか。このくらいならまだ目くじらを立てるほどでもありませんが、カビの生えた場所では爆発的に増殖することがあり、引き渡し間もない新築住宅の壁の隙間で大量発生が見られ、訴訟になったこともあります。特に、アレルギーや刺咬性のダニ類と同じ屋内塵中に生息していることで、しばしば、ダニと間違われて相談になることが多いのも屋内性チャタテムシの特徴です。どの家でも、屋内塵には多くのダニ類が生息していますが、ダニ以外にも昆虫類・クモ類の破片が検出されます。屋内塵中の昆虫類の破片はダニ類の体よりも大きいことがほとんどですが(ダニ以下のサイズになると、もはや昆虫の破片かどうかもわかりません)、頭部、胸部、腹部、翅、脚など、バラバラになっているため同定は大変困難です。ただ、チャタテムシの死骸は特徴のある頭部が見つかることが多いため、私が昔行った屋内塵中の昆虫調査では、その数だけをカウントしました。そうすると、見つかった昆虫・クモ類破片のうち、実に77%がチャタテムシ頭部でした(表1)。

 この他、屋内のチャタテムシは食品害虫としても知られ、開封後に常温で放置された小麦粉やコメ、菓子類などに発生することもあります。標本箱に保管していた虫を、食べられてしまった経験のある人もいることと思います(私もそうです)。さらに、体長1mmという体の小ささと、隙間に好んで潜むという習性が相まって、混入異物にもなりやすいです。カップラーメンのような食品では、容器とその外側の透明フィルムの隙間に入り込み、輸送中や保管中に増殖して、購入後にたくさんの死骸が挟まっていることに気づくなどという経緯でクレームになることがあります。実際、チャタテムシが昆虫アレルゲンとなって、アレルギー患者(小児)の2〜3割が陽性反応を示したという国内報告もあります。身近なところで、頻繁に接する可能性のあるチャタテムシには、屋内塵性ダニ類と同じように、感作(特定の成分に免疫作用が成立して、アレルギー反応を示すこと)されるリスクがあるでしょう。

 では、家の中のチャタテムシにはどのように対処すればいいのでしょうか。ずばり基本は通風換気です。前述の通り、屋内性の種類は狭い空間のカビを好んで食べますが、風呂場や洗面所などのわかりやすい場所以外にも、押入、本棚、床に積み上げられた新聞紙の下などに人の目に見えないカビの菌糸や胞子は存在します。畳の上にカーペットを敷いたり、壁に沿って家具を配置したりして空気が淀んでしまうとチャタテムシの発生源になりやすいので、できるだけ隙間構造を作らないことが望まれます。そうはいっても、そのような隙間は家中の至る所にあるので、次の手段は屋内塵性ダニ類対策と同じように、掃除による除去ということになります。そこには床面の埃と共に、チャタテムシも除去するという意味があります。一方、殺虫剤は、大発生した際などには対症療法的には有効です。ただし、チャタテムシは明るい場所には出てこないので、表面的な散布ではカーペット下や畳内部などまでは成分が届かないので、上記のような環境整備と共に併用することが必要です。

 どんな家でもチャタテムシが見つかるでしょう。そのくらい身近な存在ではありますが、もはや、鳴くチャタテムシは家の中から駆逐されてしまったのかもしれません。1gのホコリで数十匹もいるチャタテムシが、各々鳴き始めたら、また違った問題が起こるのかもしれません。
 実は、かくいう私もチャタテムシの声をまだ聞いたことがありません。虫の声に情緒を感じるのは日本人だけと言われますが、日常の雑務から開放され、チャタテムシの鳴く静謐(せいひつ)な時間を過ごしてみたいものです。

動画1 畳い草の上のチャタテムシ(飼育個体)

 

*1 DNAを増幅させる原理や手法

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース344号(2015年12月)に戻る