鵬図商事株式会社 企画部 芝生圭吾
出典元:月刊HACCP293号より
殺虫剤は有害?危険?
殺虫剤と聞くと、人体に有害なんじゃないか、危険な物じゃないかと思われる方も少なくないと思います。しかし、それは過去の話です。DDTを含む有機塩素系殺虫剤やパラチオンなど、環境への残留性や毒性が問題となり、使用禁止になった殺虫剤などもありましたが、近年の日本国内で流通している殺虫剤は、自主基準を設け、人体への安全性が高く、環境への負荷が少ない殺虫剤が増えています。自分達の施設でどのような殺虫剤が用いられているか知る事は、殺虫剤を使用する合理的な根拠を知る事が出来ますし、様々な安全管理の面からも非常に重要です。今号では、殺虫剤の概要についてご説明させて頂きます。
農薬と殺虫剤 何が違うの?
結論から言ってしまえば、農薬も殺虫剤も虫を駆除する化学物質であり、同一の有効成分を用いる事も多々あります。しかし、日本では「何を守るのか」によって、法律上の位置づけが変わります。法律の位置づけが変わるという事は、誤った目的で使用してしまうと違法行為になってしまう可能性もあるので注意が必要です。
何を守るのかによる分類
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- ① ヒトの健康衛生を守る
- 「衛生害虫」と呼ばれる感染症病原体を媒介する媒介害虫、刺咬、吸血などの肉体的な被害をもたらす害虫からヒトを守る為の殺虫剤です。衛生害虫の駆除は医薬品もしくは医薬部外品を用いる事と「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」で定められており、防疫用殺虫剤と表記されます。医薬品・医薬部外品の承認を得る為には、人体への安全性を確認する様々な試験データが必要となります。(急性経口・経皮・吸入、眼・皮膚刺激性、皮膚感作性など)その為、開発費は、既存の有効成分で約1億円、新規有効成分の場合は約5億円以上の費用が必要となると言われています。要するに、人を守る為にゴキブリ、ハエ、蚊を駆除する為の殺虫剤は「医薬品・医薬部外品」を使用しなければいけないという事です。
- ■衛生害虫とは・・・
感染症病原体を媒介する害虫、刺咬、吸血などの肉体的な被害をもたらす害虫類
ハエ、蚊、ゴキブリ、ノミ、シラミ、トコジラミ、イエダニ、屋内塵性ダニ類、ツツガムシ、マダニが指定されています。 - ■衛生害虫以外の害虫の場合
衛生害虫以外の害虫を「生活害虫(不快害虫)」と呼びます。不快害虫を駆除する為の殺虫剤は、化審法による一般化学物質などが用いられており、医薬品・医薬部外品でなくてもかまいません。医薬品・医薬部外品と区別する為に「雑貨品」とカタログ等に記載されている事もあります。また、厚生労働省の指導下で業界が設立した生活害虫防除剤協議会では、医薬品医療機器等法の安全性、有効性に準ずる自主基準を設けています。 - ■生活害虫(不快害虫)とは・・・
日常生活の中で、不快感を与える虫や、刺したり皮膚炎などの害を与える虫、衣類を食害する虫などを刺します。クロアリ類、ヤスデ類、カメムシ類、ユスリカ類、ハチ類等 -
- ② 動物の健康衛生を守る
- 家畜(牛・豚・鶏など)やペットなど飼育動物の疾病を予防する為の殺虫剤です。主に鶏舎、厩舎、豚舎、ペットを飼っているご家庭などで使用され、害虫の駆除には動物用医薬品もしくは動物用医薬部外品を用いる事と「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」で定められています。対象害虫はハエ、ノミ、マダニ、アブ等になります。
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- ③ 家屋などの被害から守る
- 家屋などを食害する害虫類は木材害虫(シロアリ、ヒラタキクイムシ、カミキリムシ等)と呼び、化審法による一般化学物質が用いられています。公益社団法人日本しろあり対策協会と公益社団法人日本木材保存協会が、自主基準の元に認定制度を実施しています。
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- ④ 農作物の被害から守る
- 農作物を食害などから守る為に使われる殺虫剤で、農薬取締法のもとに登録します。
定められた対象の植物と対象の害虫に対してのみ使用する事が出来ます。
■施設・対象害虫別 殺虫剤選択例
施設分類 | 対象害虫 | 殺虫剤の種類 |
飲食店・食品工場 | ゴキブリ・ハエ | 防疫用殺虫剤(医薬品・医薬部外品) |
飲食店・食品工場 | クロアリ | 生活害虫(不快害虫)用殺虫剤 |
豚舎・厩舎・鶏舎 | ハエ | 動物用医薬品・医薬部外品の殺虫剤 |
一般家庭 | シロアリ | シロアリ駆除剤、木材保存剤 |
農地 | ハダニ | 農薬 |
殺虫剤の有効成分とその特徴
殺虫剤は昆虫の基本的な生理的機能を働かなくすることで昆虫を死滅させることを目的としています。昆虫の性質としては、①神経がある②呼吸をする③幼虫から成虫に変わる④食事をするなどがあり、殺虫剤は上記昆虫の性質を阻害します。例えば、神経伝達を阻害すると、物を見る、物を食べる、動くなどの行動が出来なくなり、死に至ります。殺虫剤は作用機序(生体に何らかの効果を及ぼす仕組み)によって系統分けされています。主な殺虫剤の系統を下記にご紹介させて頂きます。
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- ① 有機塩素系
- DDTを代表とする有機塩素系殺虫剤を指します。長期間残効し、動物への体内蓄積、人や環境への悪影響を及ぼす懸念があり、製造販売が中止されています。殺虫剤が有害、危険のイメージを持たれるようになったのは、この有機塩素系殺虫剤の影響です。
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- ② 有機リン系
- 神経酵素であるコリンエステラーゼの作用を阻害する事により殺虫効力を発揮します。
体内に摂取されると、痙攣など異常興奮を起こし、呼吸が止まり死に至ります。
- ●特徴
比較的有効成分が分解されづらく、長期間にわたって致死効果が期待できます。 - ●代表的な有効成分名
フェニトロチオン、フェンチオン、プロペタンホス、ジクロルボスなど -
- ③ ピレスロイド系
- 害虫の皮膚や口から入り、神経に作用し麻痺させる事で殺虫効力を発揮します。哺乳類・鳥類など恒温動物の体に入ってもピレスロイドは速やかに分解され、短時間で体外へ排出されるので、人畜毒性が低い事です。殺虫力が高いのでよく使用されている。魚毒性が高いので水域に近い場所では注意が必要です。
- ●特徴
接触した虫は短時間でノックダウンします(蘇生する事もある)
ゴキブリなどに対してフラッシング(追い出し)効果を持ちます。
比較的分解されやすい為、長期間にわたる致死効果は期待できません。 - ●代表的な有効成分
ピレトリン、フタルスリン、フェノトリン、ペルメトリン、シフルトリン、
シフェノトリン、エトフェンプロックスなど -
- ④ カーバメイト系
- 有機リン剤と同様にコリンエステラーゼを阻害する事により殺虫効力を発揮します。
- ●特徴
短時間でノックダウンします
比較的有効成分が分解されづらく、長期間にわたって致死効果が期待できます。
有効成分を灯油など有機溶剤に溶かしている為、引火性があり、取り扱いに注意が
必要です。 - ●代表的な有効成分
プロポクスル -
- ⑤ フェニルピラゾール系
- 神経伝達物質であるGABAの作用を阻害して神経伝達を遮断する事で、神経系の抑制が効かなくなり、興奮させ続け死に至ります。
- ●特徴
薬剤の効果が発現するまで時間がかかる(遅効性)事から、摂取して帰巣した
個体の糞や死骸を他の個体が摂食することで、巣の集団全体へ効果が拡散する。 -
- ⑥ 昆虫成長制御剤(IGR)
- Insect Growth Regulatorという英語の頭文字からIGRとも呼ばれています。昆虫の脱皮
や羽化を妨げる事で殺虫効力を発揮します。卵→幼虫→蛹→成虫と完全変態する蚊やハエなどの幼虫に対して使用します。
- ●特徴
速効性はないが、昆虫のヒトや動物に対する毒性が極めて低い - ●代表的な有効成分
メトプレン、ジフルベンズロン、ピリプロキシフェン
殺虫剤の名前はわかりにくい
殺虫剤は同じ有効成分の物を使用していても、殺虫剤の種類や販売するメーカーによって名称が異なる事が多く、わかりにくい事が多いです。スミチオン、フェニトロチオン、MEP、これらは全て同じ有効成分を使用した殺虫剤の名称になります。殺虫剤は化学物質なので有効成分の化学名で呼べば間違いないのですが、化学名は複雑で長い名称も多い為、一般名が使われる事が多いです。前述のフェニトロチオンは国際的な一般名で、スミチオンはメーカーが付けた商品名です。MEPは農薬としての名称です。また、商品名の前後に「剤型」の名称を付け加える事が多く見受けられます。(例:水性サフロチン乳剤、サフロチンFL、サフロチンMCなど)害虫駆除の報告書は施工会社によって表記ルールが異なります。報告書を確認する時は、一般名・商品名の両方を確認するようにしましょう。
剤型とは・・・
殺虫剤は有効成分をそのまま使用する事が出来ない為、様々な溶剤や増量剤などを混ぜ、使い勝手の良い形状にしています。医薬品で言うところの剤型とは、錠剤、カプセル剤、散剤などを刺します。殺虫剤の剤型はどのような物があるか下記に記載させて頂きます。
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- ● 乳剤(EC)
- 水に不溶で、有機溶剤に溶解する有効成分(原体)、有機溶剤(ケロシン、キシレン等)、
乳化剤(界面活性剤)から構成されています。消防法上の危険物に該当します。
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- ● 水性乳剤(ME)
- 有効成分を特殊な乳化剤でコーティングし、水を溶媒とした製剤です。
有機溶剤による臭気がなく、引火性の心配がありません。
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- ● 油剤
- 有効成分を灯油などの有機溶剤に溶かした製剤です。希釈せず原液で塗布もしくは
煙霧機を用いて空間噴霧に使用します。
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- ● フロアブル剤(FL)
- 水和剤の一種。有効成分を粒径0.1~15μmに微粉砕して、水等の液体中に浮遊させた
懸濁液。水を溶媒とするため臭気が少なく、引火性がなく安全性が高いが、保管中に有効成分が沈殿しやすいので、使用直前に攪拌するなど注意が必要です。 - 左から【乳剤】左:希釈前 右:希釈後【水性乳剤】左:希釈前 右:希釈後
- 【油剤】原液のまま使用する 【FL剤】左:希釈前 右:希釈後
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- ● マイクロカプセル剤(MC)
- 有効成分を樹脂でコーティングし微小なカプセルとした製剤です。硬く物理的な力(虫が顎で噛む等)により有効成分が外部に露出するタイプと有効成分が時問経過とともに徐々にカプセルから放出されるタイプの2種類が流通しています。
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- ● エアゾール剤
- 有効成分を有機溶剤で溶かした原液(水性タイプもあり)と噴射剤(LPG、DMEなど)が
充填され、有効成分を噴射します。 - 左から【MC剤】左:希釈前 右:希釈後【エアゾール】【燻煙剤】 【蒸散剤】
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- ● 燻煙剤
- 発熱剤、助燃剤を含んだ製剤であって、加熱により有効成分を煙状に空中に浮遊させます。
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- ● 蒸散剤
- 有効成分を基材とともに成形し、加熱又は常温で有効成分が揮散します。
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- ● 食毒剤(ベイト剤)
- 有効成分を対象害虫の好む餌に混ぜ、食べさせて殺すことを目的とした剤型です。
局所的な処理なので薬剤の飛散や汚染が少なく、環境負荷を抑える事が出来ます。
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- ● 粒剤
- 有効成分をタルク等鉱物性粉末と混合または、吸着、コーティングした製剤です。
そのまま散布して使用することが出来ます。
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- ● 粒剤
- 有効成分をタルク等鉱物性粉末に混ぜ、粒状に形成した製剤です。そのまま散布して使用することが出来ます。粉剤と比較して粒子が大きく、空気中に舞いにくくなっています。
また、水中に処理すると徐々に成分が放出され、残効性が期待できます。
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- ● 水和剤
- 水と親和性のある鉱物性微粉末に有効成分を加え、さらに乳化剤を添加した製剤です。
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- ● 発泡錠剤
- 炭酸水素ナトリウムなどの発泡剤に、有効成分と乳化剤を加えた固形の製剤です。
発泡する事で有効成分を拡散させるので止水域での使用に適しています。 - 左から【ベイト剤】【粉剤】【粒剤】【水和剤 左】【発泡錠剤】
■殺虫剤の一般名・商品名の一覧
系統 | 一般名 | 一般名(英名) | 商品名 | 剤型 |
有機リン | フェニトロチオン | Fenitrothion | スミチオン | 乳剤、水性乳剤、FL |
有機リン | ジクロルボス | Dichlorvos | DDVP | 乳剤、蒸散剤 |
有機リン | プロペタンホス | Propetamphos | サフロチン | 乳剤、水性乳剤、FL剤、MC剤 |
ピレスロイド系 | ピレトリン | Pyrethrin | ピレトリン | FL剤、エアゾール剤 |
ピレスロイド系 | フタルスリン | Phthalthrin | ネオピナミン | 乳剤、FL剤、エアゾール剤 |
ピレスロイド系 | フェノトリン | Phenothrin | スミスリン | 乳剤、水性乳剤、粉剤 |
ピレスロイド系 | ペルメトリン | Permethrin | エクスミン | 乳剤、水性乳剤、粉剤 |
ピレスロイド系 | シフルトリン | Cyfluthrin | レスポンサー | 水性乳剤 |
ピレスロイド系 | シフェノトリン | Cyphenothrin | ゴキラート | 水性乳剤、FL剤 |
ピレスロイド系 | エトフェンプロックス | Etofenprox | ベルミトール レナトップ |
乳剤、水性乳剤 |
カーバメイト系 | プロポクスル | Propoxur | マイティジャガー | 油剤 |
IGR | メトプレン | Methoprene | アルトシッド | 液剤 |
IGR | ジフルベンズロン | Diflubenzuron | デミリン | 発泡錠剤、水和剤 |
IGR | ピリプロキシフェン | Pyriproxyfen | スミラブ | 発泡錠剤、水和剤、固形剤 |
アミジノヒドラゾン系 | ヒドラメチルノン | Hydramethylnon | マックスフォースジェルK | 食毒剤 |
フェニルピラゾール系 | フィプロニル | Fipronil | マックスフォースマグナム ブラックキャップ |
食毒剤 |
オキサジアジン系 | インドキサカルブ | Indoxacarb | アドビオン | 食毒剤 |
最後に
今号では殺虫剤の概要について説明させて頂きましたので、次号ではゴキブリ駆除でよく使用する殺虫剤とその特長をご紹介させて頂きます。