代々木公園におけるデング熱対策としてのヒトスジシマカ防除

鵬図商事株式会社 足立雅也(日本防疫殺虫剤協会技術委員)

 新聞やテレビで既にご存知の通り、8月27日にデング熱の国内感染が報道された。9月30日現在、151人の患者数が確認されている。(厚労省HPより)デング熱は、蚊が媒介する感染症のひとつで、日本ではヒトスジシマカが人を吸血する際にデングウイルスを感染させて引き起こす。症状は発熱、血小板減少、頭痛、白血球減少、発疹、骨関節痛、筋肉痛がある。特に、38度を越す突然の発熱を生じた場合はデング熱感染の疑いがあり、見逃さずに医療機関にかかっていただきたい。現在入院中の患者の方々には、早々の回復を祈るばかりである。

代々木公園の様子

 8月28日。筆者が技術委員として所属している日本防疫殺虫剤協会から、デング熱対策として蚊の防除が行われるので、調査や記録のために代々木公園に行くことができるかと相談の連絡が入った。筆者の自宅から代々木公園まで徒歩で行ける距離ということもあり、急に遅くまで時間を要することになっても対応できるのではないかと声をかけられた。当日はたまたま自宅でパソコンワークをしていたので、準備ができ次第家を出発すると二つ返事で了解した。

 代々木公園に着いたのは15時頃。渋谷門は既にフェンスで封鎖されており、遠回りして園内に入った。噴水横のベンチあたりを中心に、半径75mの円状にフェンスが急ぎ設置されていった。(写真1)所々で草刈も行われていた。

 この半径75mという範囲は、ヒトスジシマカの行動範囲が50~100mと言われているので、間をとって75mになったと聞いている。行動範囲は間違いではないのだが、デング熱が発症するまでの潜伏期間中の2~15日の間に、蚊が風に乗ってより遠くに移動してしまうことも考えられる。私見を申し上げれば、そのことを考慮して、防除の対象範囲をより広範囲にすべきだったのではないかと思う。後日、公園内の離れた別の場所で、デング熱ウイルス保有の蚊が捕獲され防除範囲は拡大した。

 そのような光景の中、これから何が行われるか知らない人たちが、気にもかけずに通り抜け、半袖半ズボンのジョギングランナーが横切り、虫取り網を持った子供たちが虫よけスプレーもせずにセミ取りをしていた。陸橋の下ではヒトスジシマカが飛び交う中、若者がダンスの練習をしていた。マスコミ関係も続々と集まりだし、フェンスの外側でレポートが始まった。(写真2)代々木公園の日常と物々しい光景が混ざり合っていた。

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 一方、防除対象範囲の植え込みでは、8分間人囮法によるスイーピングで捕虫網を振り、防除前のヒトスジシマカの採集が行われていた。(写真3)
 筆者は発生源となり得る水溜りを調査した。園内は清掃が行き届いており、空き缶や弁当の空容器などの水が溜まるようなゴミは落ちてなかった。そこで、防除対象範囲にある雨水枡をひとつひとつのぞいて回った。

 蚊の成虫と幼虫(ボウフラ)が確認できたのは、噴水横のベンチ前の雨水枡だった。(写真4)間違いなく発生源である。最初に感染が発見された10代の女性が、渋谷門から入って噴水付近のベンチで蚊に刺されたと証言したと聞いている。もしかしてこの雨水枡がそうなのかと思いながらしばらくのぞいていると、テレビ局の取材がきて映像を撮り始めた。ちょうどそのとき、雨水枡のフタの隙間からヒトスジシマカの成虫が這い出してきて、そのシーンがテレビで放映された。

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防除作業は誰が行ったか

 蚊の防除作業は、公益社団法人東京都ペストコントロール協会によって、17時過ぎから行われた。(公社)東京都ペストコントロール協会には118社の駆除業者が加盟しており、そのうち21社で感染症予防衛生隊を編成している。(写真5)当感染症予防衛生隊は、蚊が媒介する感染症の発生時において駆除業務等が潤滑に行えるように、都内16カ所の地点で蚊を捕集し、捕集した蚊を東京都健康安全研究センターに搬入する実地研修を、1年間に9回行っている。

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 また、平成22年には、東京都武蔵野市内の寺院において、武蔵野市、(公社)東京都ペストコントロール協会、日本防疫殺虫剤協会の3団体で編成したメンバーで、訓練を兼ねてヒトスジシマカ成虫に対する殺虫剤による防除実地試験も行っている。(写真6)詳細は日本ペストロジー学会が発行しているペストロジー第27巻2号、2012年11月の「殺虫剤によるヒトスジシマカ成虫防除の試み」(緒方ら)をお読みいただきたい。

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防除方法と使用した殺虫剤

 感染症媒介蚊対策は、感染症の運び屋となる蚊のメス成虫の数を早急に減らすことから始まる。ヒトスジシマカは、足が白と黒のシマ模様(写真7)で、胸(背中)に1本の白い線がある。早朝と夕方に活発的に吸血活動を行い、日中は植物の葉の裏などに止まって休んでいる。人や動物が近づくと反応して飛び立ち、体にまとわりつく。
 ヒトスジシマカを防除するには、日中の葉の裏で休んでいるときが仕留めやすい。茂みに対して霧状の殺虫剤を噴霧すると、潜んでいる蚊に直接当って死に至らしめることができる。また、使用する殺虫剤によっては葉の裏に殺虫剤が残り、雨が降って流れてしまわなければ1週間程度の持続効果も期待できる。
 今回用いた方法は、殺虫剤の入ったタンクからエンジン式の動力ポンプで殺虫剤を吸い上げ、樹木の消毒に使用する耐薬ホースと噴霧ノズルを用いて、細かい霧状に噴霧するというものだった。(写真8、9)対象面積が半径75mの円として17,662.5㎡。この方法で行うと、2人の技術員がおおよそ2時間で処理できる範囲であろう。実際に17時過ぎに開始して、19時過ぎに終了した。

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 この日使用した殺虫剤は、エトフェンプロックス7%水性乳剤の100倍希釈液。特徴は、速効性、人や動物に対する高い安全性、成分が常温では揮発しにくい、などである。先に述べた「殺虫剤によるヒトスジシマカ成虫防除の試み」でも使用しており、効果があることは確認できている。
 今回の防除作業は緊急要請であり、殺虫剤を新たに発注する時間はとれなかった。防除作業を行う会社の在庫から、対象害虫に衛生害虫としての蚊成虫が含まれている殺虫剤、つまり防疫用殺虫剤で医薬品、または防除用医薬部外品を選ぶことが必然になる。かつ、効果の有無、技術員の殺虫剤による暴露の影響、環境への負荷等を考慮して決定したと思われる。
 第2回目の防除は、9月5日の午後に行われた。使用した殺虫剤は、エトフェンプロックス7%水性乳剤の50倍希釈液。専門家の意見で、茂みに潜んでいる蚊を刺激で逃がさないように包み込むような噴霧が望ましい(写真10)とあり、蓄圧した空気圧で噴霧するB&Gスプレーヤー(写真11)を代表とする防疫用自動噴霧機(ハンドスプレーヤー)が用いられた。

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また、幼虫対策としてピリプロキシフェン0.5%粒剤を使用した。この殺虫剤は、さなぎから成虫になることを阻害することで死に至らしめる。脱皮をする昆虫のみに作用し、人や環境に対して負荷を与えないという特徴がある。園内の雨水枡1カ所につき5gをさじで量りとって投入した。(写真12)さらに、雨水枡に潜んでいる成虫には、エトフェンプロックスを直接噴霧した。(写真13)

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トラブルはなかったか

 作業に関して大きなトラブルはなかった。予測できるトラブルを想定し、対応する準備はできていた。例えば写真8をご覧いただきたい。使用された動力噴霧機は、車輪付きのステンレス製200Lタンクの上部にポンプが搭載されている。タンクに殺虫剤を入れて水で希釈する際に、最寄りの水道の圧力が弱く15分間もかかった。防除作業を行う時間が限られていたので、少しでもロスタイムをなくして効率よく行いたい。また、希釈後の殺虫剤が入ったタンクは重く、4人で持ち上げて縁石を乗り越えさせて植え込みに移動させた。その植え込みの地面はフカフカの土でタンクを押してもうまく走行せず、奥まで運べずにホースが届かない部分が生じた。これらの問題を解消するために、念のために用意してきた背負い式動力噴霧機を使い、先の動力噴霧機に水を注入している間にホースが届かなかった部分に噴霧を行った(写真14)この事例から、現場の様々な環境や条件に対応していくためには、事前の現場調査はもちろん行ったうえで、殺虫剤や噴霧機をそれぞれ数種類ずつ現場に持ち込む必要があると感じた。
 殺虫剤噴霧終了後、8分間人囮法によるスイーピングを行ったが、蚊は捕獲されなかったことから、防除は成功したと言える。ちなみに8分間人囮法によるスイーピングは、人が囮になるので時々刺される。リスク回避のために蚊が感染症を持っていないことを前提に行う方法であり、今回のようにデングウイルスの疑いがある場合はトラップを用いるのがよい。

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調査方法

 蚊の調査のために捕獲するトラップは、CDC型ミニュチュアライトトラップ#512が世界的に広く使われている。わが国では市町村、国立感染症研究所、検疫所、衛生研究所、大学などで導入されている。代々木公園ではこれに類似した手作り感のあるトラップが用いられていた。(写真15)
 横にぶら下げたドライアイスから蒸発した二酸化炭素に集まった蚊を、モーターで回したファンで吸い取って網に捕獲するトラップである。あくまで調査用なので、このトラップを駆除目的で使用しても満足な効果は得られない。
 9月2日の午後に設置されたトラップを翌日の朝に見に行った。ヒトスジシマカのメスが多く捕獲されていたほか、ヒトスジシマカのオスやチョウバエも捕獲されていた。オスは吸血しないので二酸化炭素に誘引されず、チョウバエの飛行距離は短い。これらのことから発生源となる水が近くにあることを示す。そこで周囲を探してみたが公園内には見つからない。公園の策から出た歩道には水のある雨水枡があったので、そこが発生源ならば公園周辺の歩道や植え込みも防除範囲の対象とすべきと思った。(後日、2回目の防除作業で行なわれた)

今後の課題

 代々木公園内と周辺の歩道には路上生活者が多数暮らしている。(写真16)彼らが既にデング熱に感染していたとしたら、彼らを刺したヒトスジシマカが次々と媒介者となって周囲に飛び出していく。媒介者となる感染した蚊を減らすためにも、彼らの健康を気にするためにも、保護の方法を考える必要がある。
 また、彼らが日常から集めている空き缶も野ざらし(写真17)になっており、雨水が溜まると幼虫の発生源になる。保管方法の指導も必要であろう。

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 これから日本は観光国として外国人旅行者を2,000万人招き入れる方針で、2020年には東京オリンピックも控えている。外国人が多く来日することになるが、既にデング熱に感染して潜伏中の旅行者を空港や検疫で発見できるシステムは現在のところない。これから毎年、デング熱のリスクが発生する。

 リスクに対応するためには、蚊の防除マニュアルも改訂する必要があり、それは現在取り掛かっていると聞いている。マニュアルができても有事の際に的確な対処ができるように、行政や各県のペストコントロール協会の方々は、殺虫剤や噴霧機を見直して揃えなおし、様々な条件を想定した実地訓練もぜひ行っていただきたい。そして、平常時からトラップを用いたウイルス検出の調査、幼虫を発生させないようにするための発生源対策も併せて行っていただきたい。

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