博物館に寄せられた質問から 食べ物編②

名和昆虫博物館 名和 哲夫

【ピクルスの中に虫が】

 数年前、前回とは違う輸入品を扱う会社から虫の同定依頼がありました。それは、タイで作ったキュウリの酢漬けに虫が入っていたということです。
 15日ほど前に、一口サイズのキュウリの酢漬け(ピクルス)が10本入ったビン詰めを買って行かれたお客さんが、2 、3 本食べた後、1 本からウジのようなものが20頭ほど出てきたということでした。最初は電話だけの説明だったため、今一つわかりづらくて、てっきりそのウジが生きていたものだと誤解し、心の中では、きっとニクバエだろうと決めつけていました。何となく話がかみ合わないなと思った頃、私が「それはお客さんが食べようとした時、生きていたんですか?」と尋ねると、「死んでいたみたいです。」これで、また振り出しに戻り、もう一度詳しく聞くことに………。
 発見までの経緯は次のようです。タイで一口サイズのキュウリを収穫したのが、約3 か月前。それを酢漬けにし、ビン詰めにして、日本に来たのが約1 か月前。店頭に並んでいるのをお客さんが買って行かれたのが15日ほど前。2 、3 本食べた時は何もなかったけれど、次の1 本に包丁を入れてみると中にウジが多数死んでいるのが発見されたため、2 日ほど前にお客さんが店に持参したという流れでした。
 担当の方は、「どうやってキュウリの実の中に入ったのでしょうか。酢漬けになっても生きていたのでしょうか? ビンを開封した後に入ったってことはありませんか?」と疑問をぶつけてきましたが、とにかく実物を見てみないと何とも言えません。

【確かにキュウリの実の中にウジが………】

 翌日、その実物が送られてきたため、すぐに梱包を開き、中の虫を見てみました。
 約5 、6 センチの長さのキュウリが丸ごと入っていて、お客さんが切ったと思われるキュウリの種のあるあたりに死んだウジが何頭か認められました。
 ニクバエの時と同様、前方気門、後方気門など調べてみましたが、なかなか該当する種が見つかりません。幼虫の形態から追うのが難しいと判断して、今度は生態から追うことにしました。
 実は、虫のいる状態を見てひょっとして、と思い当たる虫の名が浮かんでいました。それはミバエの仲間です。沖縄や八重山地方で大問題になったウリミバエやミカンコミバエなどに近い仲間ではないかと思ったのです。実際に見たことはないのですが、メスは卵を果実に産みつけ、それが孵化すると内部に侵入して果実の内部を食い荒らすという農家の方々にとって非常に厄介な虫です。ウリミバエなどは、キュウリも加害するので、これに近い種か、ひょっとするとウリミバエそのものかもしれないと考えました。
 この予想を検証するためには、もう少し生態を知らないとと考え手持ちの本や図鑑を当たってみましたが、なかなか出てきません。今回もヒントをもらうつもりでインターネットで検索して見ると、沖縄県病害虫防除技術センターのホームページなどに簡単な生態が書いてあり、自分の予想にかなり自信を持つことができるようになりました。

ウジの駆除に関するご相談はこちら

【今回の件の筋書き】

 ウリミバエの卵は、1 ~ 2 日で孵化するということなので、今回の種もそれに近いと考えると以下のような筋書きが考えられます。

  1. タイでキュウリが収穫される。その少し前にこの種のメスが卵をうみつける。
  2. 1 ~ 2 日で孵化し、幼虫はキュウリの中ほどに進んで食害する。
  3. 収穫されて間もなく、酢漬けにされる。中の幼虫もその段階で死ぬが、もちろんそのままビン詰めにされて日本の消費者に。

 これが当たっているかは、やはりこの幼虫がウリミバエかそれに近い種であるかがわかればいいのですが、残念ながら、手持ちの幼虫図鑑などにはウリミバエの幼虫が載っていないのです。
 手詰まりになった私は、あのホームページの主、「沖縄県病害虫防除技術センター」に尋ねることをしました。ひょっとして、幼虫の詳しい図あるいは写真などを持っていて、見ることができるかもしれません。
 電話で尋ねたところ、こちらが望むような資料は持っていないということで、これ以上先に進むことができませんでした。

ウリミバエの駆除に関するご相談はこちら

【お客さんへの対応】

 業者の担当の方にこの予想を含め報告したところ、お客さんに説明できると喜んでいました。ただ、何も確かな証拠をつかめなくて、あくまでウリミバエかそれの近縁種であればという想定での説明だということを認識してもらって、という念を押しておきました。どうも、持ち込まれたお客さんもそれほど腹を立てているわけではなく、混入している理由、あるいは経緯を好奇心から知りたいということだったらしく、この説明で納得されたようです。

【この件から思うこと】

 前回のワインの件といい今回の件といい、異物混入に出会ったお客さんたちは、比較的温厚な方々だったからよかったとも言えますが、どうもそれだけではないように思います。というのは、なぜ虫がそんなところに紛れこんだのか? という疑問が先に立つと、自分が不運なものを買わされたということより、その理由の方が知りたくて、業者側が誠意を持って調べて、納得のいく説明をするようであれば、満足されたのではないかと思うのです。その原因を追及する姿勢に乏しく、いい加減にごまかそうという態度が感じ取れると、感情的になってしまうのではないでしょうか。わが身に置き換えて考えるとそう思います。買った商品にありえないような欠陥があった場合、そんな欠陥が生じた理由を知りたくてたまらなくなります。新品に替えてもらうということ以上にその原因に興味がわいてしまい、その説明がないと何となく釈然としない気持ちになります。素人だから説明してもわからないだろうとか、調べるのが面倒だから適当に説明しておけというような態度が感じられると、無性に腹が立ってきます。これはかなり多くの人に共通の感情ではないかと思います。

【ジュースを注いだら虫が………】

 この輸入業者からの別件で、南アフリカ産のジュースをコップに注いだら生きている虫が浮かんでいたということがありました。送られてきた虫を見てみると、それはヒメマルカツオブシムシの幼虫でした。こいつは、当博物館でも最も嫌われている昆虫の一つで、どれだけの貴重な標本がこいつの犠牲になったことか………。お父さんの背広に穴をあけてしまうのもこいつが犯人ということがよくあります。乾燥した動物性の繊維質を食べるので、昆虫標本、毛織物などの大害虫です。
 それにしてもジュースの中にこの虫が生きて浮かんでいるいるというのは、あまり普通ではありません。担当者の方にお客さんのその時の状況を聞いてみると、ジュースをコップに注いだらジュースの中でもがいていたという苦情だったそうです。
 担当者の方に、虫の名前と世界各地どこにでも見られる種であると告げると、「どこで入ったと思われますか?」と続けるので、「生きているということを考えれば、ジュースを注いだ時に入り込んだと考えるのが順当でしょうね。」と答えました。製造中に紛れこんだものであれば、お客さんが手にして封を切って注いだ時点で、死骸と化していることの方が順当です。今回のように元気そのもので、体もきれいな虫ということになると、紛れ込んだ時間と発見した時間の差はそれほどないでしょう。ということは、お客さんの周辺で紛れ込んだというのが有力です。
 しかし、このようなケースほど、お客さんへの説明が難しくなります。ある意味、お客さんの非を認めさせることになるので、言い方を少しでも間違えると、感情的なしこりが残ってしまうかも………。果たしてその業者さん、うまく説明できたでしょうか。

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース320号(2013年10月)に戻る