虫よけ剤の原理と使い方

一般財団法人日本環境衛生センター 環境生物・住環境部 橋本知幸

 本格的な夏を迎え、野外で蚊に刺されることが増えてきました。ちょっとした山に出かければ、ブユやアブの襲来を受けることもあります。昨年の都内でのデング熱騒動以来、今夏のデング再発を懸念して、当センターにも防蚊加工生地や虫よけ剤の効力評価の依頼が増えています。これらの製品を使わずに済めば、それに越したことはありませんが、様々な蚊対策アイテムがある中で、中には効果の怪しいものも少なからずあります。今回は蚊よけ、虫よけを標榜する製品の現状と正しい使い方について解説します。

1.「虫よけ」剤のいろいろ

 虫よけ剤といえば、スプレータイプや蚊取り線香などをイメージする人が多いと思いますが、店舗やウェブ上では、他にも「虫よけ」効果を謳った様々な製品が見られます。エッセンシャルオイル、ブレスレット、シール、車のルームミラーにつり下げる紙製の芳香剤、蚊よけ効果を謳った鉢植え、防蚊加工したスポーツウェア・作業着、超音波発信器、バドミントンラケット型撃退機など、素材も、機能も、使い方もバリエーション豊富です。大まかには、薬効によるもの、物理的効果(捕殺、遮断)によるもの、その他に分けられるでしょうか。

 「蚊の駆除」や「蚊よけ」を標榜する製品は、医薬品医療機器等法(旧薬事法)で医薬品に該当し、効能・効果を確認した国内での試験データの提出が求められています。吸血性の害虫には表1のような種類がありますが、「虫よけ」というと、対象害虫は、いわゆる「不快害虫」で、法律で規定されているハエ、蚊、ゴキブリ、ノミ、シラミ、トコジラミ、イエダニ、屋内塵性ダニ、マダニ以外のものとなり、その効果を確認しているとは思えないものもあります。

蜂、蛾、ムカデ、ヤスデ、ゴケグモは刺咬性の種類がありますが、吸血することはありません。つまり忌避剤は効果がありません。

2.虫よけの原理

 蚊帳や布生地のように物理的に蚊やブユの吸血を防ぐというのは、理解しやすいですが、目の粗いもの、薄いものは吸血意欲の旺盛なヤブカは生地越しに吸血する場合があります。ストッキングのような素材は、確実に刺されます。そこで、最近は通気性のある布生地に、忌避成分や殺虫成分を処理して防蚊効果を謳った製品が出回っています。では忌避成分や殺虫成分が蚊に対してどのように効果を発現するか考えてみましょう。

 忌避剤としては昔から世界的に、DEET(ディート;ジエチルトルアミドの略)という成分がよく知られています。他にピカリジンという成分が近年知られるようになってきましたし、植物エッセンシャルオイルなどの成分も見受けられますが、今の所はディートの独壇場と言えるでしょう。このディートには殺虫効果はありませんが、昆虫がディート処理面に触れた時に異常を感じてその面を避けるという性質があります。多くの吸血性昆虫は人から吸血する場合、まず、皮膚に着地(ランディング)した後に、口針を刺す箇所を探します。蚊の場合、この行動を探針行動と言いますが、皮膚面にディートの入った忌避剤を塗布しておくと、ランディングを嫌がるか、ランディングしても探針行動の時に成分に触れて、口針を刺すまでには至らないのです。これがディートの効き方の特徴です。ただ、ディートは汗や衣服に触れて消失しやすいので、成分が数時間で薄くなってしまいます(表2)。屋外で長時間作業する時は数時間ごとに塗り直す必要があります。なお、ディートのスプレー剤などを空間に噴霧しても虫よけ効果は得られません。

 一方、殺虫成分で虫よけ効果を狙ったものとしてはピレスロイド系の成分が知られています。ピレスロイド系殺虫剤は、もともと、除虫菊エキス(ピレトリン)から開発が始まり、現在、一般家庭で使われている殺虫製剤の多く(蚊取り線香、エアゾールなど)がピレスロイドを主成分としています。しかし、この10年でピレスロイドの中でも、常温で揮散する成分が開発され、火を使わないファン式製剤、ネット製剤が多数、上市されています。ピレスロイド成分は害虫が処理面に触れると、ディートと同じように処理面を忌避してそこに居つくことを阻止しますが、ディートと違うのは、空間にピレスロイド成分が漂っているときでも飛翔性の害虫がノックダウンして結果的に吸血されないという特徴があります。この吸血阻止効果には空気中での成分濃度や風向きが大きく影響しますが、キャンプサイトで四隅に蚊取り線香を置いておくとブユの飛来はほとんどなくなります。ただし、虫に刺されたくないからと言って殺虫スプレーを体に処理してはいけません。

3.虫よけ剤の正しい使い方

 では、虫に刺されないようにするためには、どんな虫よけ剤を選べばよいのでしょうか?
 皮膚や衣服に塗布処理するものであれば、医薬品(または防除用医薬部外品)という表示があるものであれば、効果は間違いないでしょう。これらの多くは有効成分にディートを配合しており、日本でのその最高濃度は12%です。海外では30%以上の高濃度の製品(写真1)がスーパーやホテルで売られており、効果の持続時間は高濃度ほど高いという報告もありますが、低い濃度でも塗り直すことで効果は持続します。登山などに出かける時には自宅で処理せず、持参して登山口で処理したほうが、使用回数を少なくできます。注意して頂きたいのはディート製剤を樹脂バンドの時計にかけたり、塗り延ばした直後の手で、ゴムやプラスチックに触れると溶けてベトベトになってしまいます。また、毒性の関係から、乳児には直接処理できませんので、ご注意下さい。一方、植物成分のみの製品はディート製品ほどの効果はなかなか期待できません。なお、蜂は吸血ではなく、尾端の針で人を刺しますが、飛翔しながらでも刺すことができ、忌避効果は期待できません。

 ガーデニングやキャンプ、バーベキューなど同じ場所に長時間、留まって活動する場合には、肌の露出をなくすことがもっとも有効ですが、空間に揮散させるタイプのピレスロイド系の製品で、できるだけその地点をカバーするのが効果的でしょう。私はキャンプの時には蚊取り線香を使用しています。ディートやピレスロイド系殺虫剤が防蚊加工された衣類は、製造直後は効果が期待できますが、洗濯を繰り返すと、当然ながら効果は薄れます。5回も洗えば効果は期待できないでしょう。さらに、体の一部に装着するだけの製品や超音波はあまり期待できません。活動する環境、時間や活動内容に合わせて使用する製品を選びましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース340号(2015年8月)に戻る