博物館に寄せられた質問から 住居編①

名和昆虫博物館 名和 哲夫

【ごあいさつ】
 この度、このコーナーを担当することになりました、名和昆虫博物館館長の名和哲夫です。博物館ですので、一般昆虫を幅広く扱わないといけないため、害虫駆除などに特化した話題を深くというわけにはいきませんが、一般の方々が虫にどのようなイメージを持っていて、何に不安をお持ちかということなどを含め、博物館に寄せられる多くの質問の中から、より普遍的なものをピックアップしてご紹介していこうと思っています。よろしくお付き合いください。

【自然観のギャップ】
 30年も博物館で仕事をしていますと、思い知らされるのが、一般の方々の自然観と我々の自然観との食い違いです。逆に言えば、このようなギャップがあるからこそ、当博物館の存在の意義があるとも言えます。このギャップは、ひとえに虫たちのことを知ろうとするかしないかということが大きな要因です。この点を丁寧に一般の方々に説明し、できれば体験してもらうのが当博物館の使命だと思い、日々活動しているわけです。
 当博物館に寄せられる質問中、家屋周辺にまつわる虫に関するもろもろのトラブルの多くは、この自然観のギャップに起因することがあると感じているのですが、一たび人生最大ともいえる大きな買い物の家に、好ましくない虫たちが出現すると、一般の方々は、自然観などという悠長なことは言ってはおれない状況になってしまいます。虫が出たりして施工された業者さんなどに苦情を訴えるとき、ともすれば感情的に、時にヒステリックになってしまい冷静さを失っての抗議になる場合も少なくないようです。こうなると、なかなか業者さんからの説明も聞いてもらえなくて、最悪の場合訴訟ということにもなりかねません。
 実は、以前、当博物館に寄せられた新築の家に関する質問で、このようなケースがありました。もう15年くらい前だったと思います。新築の家のシステムキッチンから、ヒラタキクイムシらしき虫が出たようなので、一度見てほしいという要請が施工した業者さんからありました。その時は、先代館長が対応したのですが、送られてきた虫を見ると、すべてコクヌストモドキで、ヒラタキクイムシは全くいませんでした。

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【ヒラタキクイムシとコクヌストモドキ】
 実は、この2種類は、業者さんもよく間違える虫です。もちろんどちらも鞘翅目(コウチュウ目)に属する昆虫で、体長もどちらも3~4ミリ程度のものが普通で、肉眼で見る限りよく似ています。家を建ててからしばらくして出てきたということになると、すぐに「ヒラタキクイムシ」を連想してしまうため、業者さんたちも慌てて対応してしまい、余計な混乱を招くことがあるのです。
 ヒラタキクイムシは、家を建てる業者さんなら、知らない人はいないだろうと思われるほど有名な木材の大害虫です。被害にあう材は、主に東南アジアなどからの輸入材のいわゆるラワン材が多く、現地で製材する時点で侵入していることがほとんどで、築後1~2年くらいで材の表面に1~2ミリ程度の穴が開いていて木屑がその周辺に落ちているようであれば、充分この虫の可能性を疑ってもいいと思います。ただ、あくまで虫を持ち帰り、しっかり精査して種の同定をしてからお客さんと話し合って対策を講じるべきです。状況証拠はヒラタキクイムシだと思えても、実物を見てからしか確かだと言い切るべきではありません。自然界には人間がまだまだ知り尽くすことができていない部分だらけなので、何があるかわからないという観点からも、このような慎重な態度をとるべきでしょう。
 コクヌストモドキは、ゴミムシダマシ科に属し、ヒラタキクイムシ科のヒラタキクイムシとは生態も生活史も大きく異なります。穀粉の大害虫で、ビスケット、チョコレート、粉ミルク、煮干しなども加害し、時に大発生することがあります。
 これでお分かりのように、家を建てる業者さんにとって、責任があると言えば、ヒラタキクイムシであって、コクヌストモドキはその範囲外と言えます。コクヌストモドキが出たら、発生源がないかを特に貯穀物の周辺を調べるべきです。

【発生源がないのに………】
 実は、昨年にも材木業者さんによって持ち込まれた虫が、コクヌストモドキであったということがありました。その業者さんは当博物館に持ち込んだ時点で、ヒラタキクイムシなど木材を食べる虫の仲間だと決めつけて持ってこられたのですが、調べてみると、コクヌストモドキでした。その旨を伝えると、
「まだ新築3ヶ月で、おまけに台所以外で見つけられたので、その家の中でこの虫が発生しているとは考えにくい。」
とおっしゃってました。しかし、種の同定は実物で行っていますので、それ以外言いようがありませんでした。
 実は、それ以前にも同じような相談が他にもあり、少し気になっていました。家の中で発生している可能性が低いということになると、外から侵入してくるということになるのですが、大量に外からということは、今まであまり聞いたことがありませんでした。何らかの誘引物質が、家に使われていたのかと持ち込んだ業者さんと話していたことがありましたが、それはもっと精査しないと何とも言えないということで、お引き取り願いました。
 その後、気になって、インターネットなどで情報を探していると、最近、同じような現象が報告されているのをちょくちょく見かけました。原因究明はできてないようですが、こういうこともあると、ますます種の同定をしっかりすることの重要性を感じます。

【大ごとにならないために】
 先ほどご紹介した先代館長の扱った件では、訴訟問題にまで進んでしまい、先代館長は、参考人として呼ばれたそうです。どうも、訴えたお客さんの依頼した大学の先生がヒラタキクイムシと判定したらしく、どちらの種なのかということが争点になったようです。先代館長のところに持ちこまれた虫に関しては、すべてコクヌストモドキだったので、その旨を述べたと聞いています。結局、システムキッチンの業者さんにとっては、まだましな方向に進んだようです。
 しかし、できればそんな事態にならない方がいいに決まっています。それには、やはり家を注文されたお客さんと、業者さんとがしっかりコミュニケーションをとって、お互い感謝の気持ちで仕事を終了できるよう努めることが一番だと思います。それには、トラブルの原因となる虫のことについて、その都度学ぶ姿勢が大切だと思います。

 ちなみに、ヒラタキクイムシとコクヌストモドキはどこが違うのかというと、少し勉強した人であれば、見分け方は簡単です。頭部が扁平で複眼の前方が頭部に湾入していたら、ヒラタキクイムシではありません。コクヌストモドキを疑うべきでしょう。でも、それぞれまた近縁種がいるので、その場で断定的なことは言わない方がいいでしょう。とにかく、お客さんから報告を受けたら、誠実に対応して、持ち帰ってよく調べてから、対応策を協議するという手順を踏むべきだと思います。

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