鵬図商事株式会社 奥村 敏夫
10年ほど前まで新築の住宅には特有の匂いがあり、木の香りとともに鼻を突くような刺激臭が漂っていた。この「新築」ならではの‘おめでたい匂い’を、子供ながらに羨ましく感じたものである。今思えば、これがホルムアルデヒド臭だったのであろう…。ゆえにヒラタキクイムシの発生はほとんど見なかったように思う。
昭和40年以降、住宅建材にラワン合板が積極的に採用され、これに伴いヒラタキクイムシが猛威を振るった1)。その後、昭和60年頃より合板の製造工程にクロルピリフォスやフェニトロチオンなどの有機系薬剤を接着剤に混入する技術1)が採り入れられたことでこの問題は収束に向かった。
平成15年(2003年)7月1日に施行された建築基準法におけるシックスハウス対策に係る法令等により、内装仕上げに使用するホルムアルデヒドを発散する建材は、その発散レベルに応じて使用面積が制限されることになった。その発散レベルはJIS、JAS又は国土交通大臣認定により等級付けされ、星の数でその等級をランク付けされており、F☆☆、F☆☆☆、F☆☆☆☆までの3段階に区分されている。中でもF☆☆☆☆(フォースター)は最も放散レベルの低いもので、建築基準法の面積制限を受けることなく使用が認められていることから、戸建の注文住宅ではF☆☆☆☆以外はほとんど採用されていないのが現状である。
このように安全性が厳格に規定された建材の普及により、ヒトだけでなく昆虫にも安全な環境が提供された結果、影を潜めていたヒラタキクイムシが再興するに至ったのである。
最近の報告によると、森(2008)によれば1999年から2005年においてヒラタキクイムシ類の被害を受けた木質材料の樹種を調べた結果、最も多かったのはナラであり、全体の約38%を占めていた。次いでラワンが約17%となっており、被害材の用途についてはタンス、テーブル、椅子などの家具製品が過半数を占めていた。また、フローリングを含めた内装材の被害は約35%を占めており、その材料形態は合板が38%、集成材が13%であった。
ナラ材の被害は明治時代より頻発しており、ラワン材もまた前述の通りであり、これに法規制も加わるとこれらの樹種はそもそも内装材として利用すべきでないと言わざるを得ない。
筆者は昨年、ある住宅メーカーからの依頼を受け、ヒラタキクイムシ類が発生した分譲ならびに賃貸マンションの各一室を調査する機会を得た。いずれも壁と天井の取り合い部を「壁勝ち」で組まれた内装となっており、ヒラタキクイムシ類は両物件とも壁材と床材から発生していた。
このうち分譲マンションの被害においては、7年前の新築当初から発生しており、継続して毎年発生を繰り返していた。また、この物件で発生した種は、近年、各地で発生し増加傾向にあるアフリカヒラタキクイムシであった。なお、本種の同定は「家屋害虫事典」に記載された[日本産全種の検索表]pp. 248-249. をもとに自ら同定したが、住宅メーカー側の同定結果とも一致した。下記に本物件の状況について具体的に記す。
床材はラワン合板の基材にナラ化粧単板を貼った複合フローリングで厚さ12mm。虫孔は4箇所のみで被害は築1年目以降は収まっているという。壁材はラワンベニヤで厚さ5.5mm。壁勝ちのため天井のプラスターボードを超えて10cmほど天井裏まで突き出ている。虫孔は50箇所以上に及び年々増えているとのことだった。
これを踏まえ、アフリカヒラタキクイムシが継続的に繁殖できる環境について調査したところ、天井裏に突き出たラワンベニヤに複数の脱出孔とフラス(木くず状虫糞)が見られた。
つまりは、天井裏ないし壁裏の露出したラワンベニヤの柾目または板目あるいは木口面(年輪側)においてアフリカヒラタキクイムシが継代的に産卵を繰り返し、毎年被害が発生したものと推察された。木材部位の名称については図1参照のこと。
賃貸マンションの被害においては、やはり新築当初から発生しており、2年目を迎えていた。室内の被害はおもに玄関周りに集中しており、居室ドア枠の端や台所の仕切り、洗濯機の仕切りなど複数箇所から虫孔と降り積もったフラスが確認された。なお、この物件で発生した種はヒラタキクイムシであった。
本物件の内装仕様は分譲物件と同様であったが壁下地材の裏側には充分すぎるほどの空隙があり、ラワンベニヤの裏側全面が露出していた。これはヒラタキクイムシの産卵場所が無数に存在することを意味している。