害虫の化学的防除

一財)日本環境衛生センター 客員研究員 新庄五朗

※今回の話題は殺虫剤に関連する最近の話題をご参考までに簡単にまとめてみました。

 生活環境の害虫の防除方法には、ご承知のように物理的防除、環境改善による防除、化学的防除方法、及び、生物学的防除があります。防疫用、家庭用、生活害虫用などに用いられている殺虫剤は化学的防除のツールです。様々な殺虫剤が市場に出回っていますがターゲットとなる害虫類を殺虫するために、目的に応じた適正な殺虫成分を選択するとともに、対象害虫の生態を配慮した剤型・用法用量が設定されています。対象とする害虫の大きさは数mmから数cmと小さく、一匹一匹捕まえて殺すことは困難です。殺虫剤を処理することで、省力的に、しかも迅速に駆除します。

1)化学的防除の歴史

 我が国の生活環境において、本格的に化学的防除が推進されたのは、第二次世界大戦後からです。戦前は和歌山県を中心にした除虫菊の栽培、蚊取り線香の発明・開発、除虫菊エキスの輸出などがあり、これらによる害虫防除には劫を奏したものの、戦後のDDTの全面的ともいえる使用による防除効果はかないません。それゆえ、我が国の殺虫剤の歴史において、駐留米国軍による有機塩素系殺虫剤のDDTの導入は環境衛生上欠かすことが出来ない大きな出来事になりました。
 DDTは1873年に初めて合成されたのですが、その殺虫効果はスイスの科学者ホフマン・ミューラーによって1938年に確認され、殺虫剤として脚光を浴び、その後有機合成化学の進歩によって様々な殺虫成分が創製されるようになりました。
 害虫対策に化学的防除が主に中心になったのは、1955年(昭和30年)に閣議了承された「蚊とハエのいない生活実践運動」以降と思われます。大半の国民がこの運動に参加し、自治体に防疫班が設けられました。そうして、自治体防疫班と地域住民が一体となって、防疫用殺虫剤の家庭配布、蚊・ハエの発生状況調査・防除などが実施されました。

2)化学的防除に対する批判

 化学的防除が害虫防除の表舞台に乗った一方で、1964年出版されたレーチェル・カーソン著「生と死の妙薬」によって、殺虫剤のヒトへの影響と環境への影響に警鐘が鳴らされ、1970年頃には殺虫剤の安全性や環境汚染にも目が向けられる様になり、その結果DDTをはじめ、ドリン系の有機塩素系殺虫剤が1971年日本で製造・販売が禁止になりました。そうして、戦後約10年間で我が国での殺虫剤有効成分は、有機塩素系の時代が終わり、1950~1980年頃には有機リン系殺虫剤の時代に移っていきました。
 L.カーソンの意見に加え、シーア・コルボーンら著 『奪われし未来』(1997年)によって、更に殺虫剤等の化学物質の人や環境への影響に強い関心が高まり、「環境ホルモン」という新語も生まれました。また、殺虫剤等の化学物質の人への安全性については、主に哺乳動物を用いた種々の安全性評価試験が国際的試験基準のもとにガイドラインが作られ、評価されるようになりました。結果、殺虫製剤にそれまで用いられてきた芳香族系や塩素系溶剤の使用も安全性上の見地から禁止されました。また、油性製剤から水性製剤へ処方改良がおこなわれるなど、殺虫製剤の安全性向上も具体化しています。

3)伝染病予防法廃止

 1998年伝染病予防法が廃止され、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に置き換えられました。この法律の変更は、伝染病法で指定された衛生害虫による伝染病流行のリスクが少ないと見做したこと、感染症の患者への配慮を考える新しい法律の必要性が求められていること、世界では新しい感染症の流行がみられ、行政の対応が求められていることなどからこの新法の制定になったと説明されています。一方では新法制定には伝染病予防法指定薬制度、及び、各地方自治体の防疫班などに関する条項がなくなり、予算の根拠が消えたことによって、伝染病予防法とともに消えていく運命を辿りました。
 一方で、建築物衛生法<建築物における衛生的環境の確保に関する法律(1970年)>におけるねずみ等の防除に関して、1998年に法律を一部改正し、IPMの導入が図られました。そして、建築物内で殺虫剤を用いる場合は、建築物を利用している病人、化学物質過敏症、シックハウス&シックスクール患者、妊婦や高齢者などの方々に避難を依頼するため、3日前及び3日後までに、その理由、処理内容、注意事項、そして散布場所などを掲示すること、その他、子供やペットのいる場所では散布しない、処理場所への入室は換気後とすることが義務付けています。しかし、この改正法は残念ながら罰則規定がありません。

 以上、害虫の化学防除について、最近の話題を縷々申し上げました。次回は薬剤感受性について話題にしたいと思います。

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