博物館に寄せられた質問から(飲み物編 2)

名和昆虫博物館 名和哲夫

 当博物館に寄せられる「飲み物に虫が」という質問の場合、ほとんどがワインです。しかも、赤ワイン。さらにほとんどが輸入品です。虫などの混入に関する質問で、輸入したものというのは大変面倒で、原産国の昆虫図鑑があるわけではないので、断定が非常に難しくなります。今回は、そんな事例をご紹介します。

ワインに虫が………その3

 スペインから輸入した赤ワインの中に小さな虫が入っていたということで、業者さんから問題のワインを瓶ごと送られてきました。別容器にろ紙を通して慎重に濾していったところ、アリらしきものが6頭出てきました。アリは、働きアリであれば日本産全種が載っている図鑑があるので、時間をかければ自分でもわかりそうだと思い調べていきました。
 検索表を頼りに絞り込んでいったところ、どうやら「アルゼンチンアリ」ではないかという結論に達しました。自信はありましたが、ここはアリの専門家にも見ていただいた方が確実だと考え、依頼主の了承を得て専門家に見てもらい、結果的には、私と同じ結論をいただき自信を持つことができました。

本当にアルゼンチンアリと断定していいのか?

 さっそくこの種に関する文献をあたってみました。この件に関しては、依頼主が「同定書」を希望されていたので、よりたくさんの情報が必要になります。
 まず、この種がスペインにも分布するかどうかです。すると、2002年には、ヨーロッパ南部においてイタリアからスペインにかけて5700キロにも及ぶ巨大コロニーが発見されたという報告があり、大変な危機感を持って報道されたということを目にしました。もちろんこれだけでなく、現在では,全世界に広がっているというのが常識になっています。当然スペインにも分布するということで、このアリがアルゼンチンアリであっても疑問を持つ必要はありません。
 しかし、「日本産アリ類画像データベース」によれば、アルゼンチンアリ属には16種が記録されているのです。ここにきて、手詰まりになりました。つまり、アルゼンチンアリ属16種の詳しい文献を持っていませんし、おそらくアリの専門家でも、大騒ぎになっているアルゼンチンアリとはいえ、そのような資料をお持ちとは思えません。すぐさまこの種をアルゼンチンアリと断定するということは、ひょっとしてスペインに非常によく似た種がいた場合、同定間違いになる可能性もあるということです。
 ほぼアルゼンチンアリだろうとは思いましたが、他の15種と比較できない以上、「アルゼンチンアリあるいはその近似種」という表現で報告書を書かせていただきました。そして担当者には、ワインのコルクを開ける前からすでに混入していたことを考えると、スペインの工場などで紛れ込んだ可能性が大きいので、これより詳しく知りたい場合は、先方で調査してもらうのが妥当ではないかと伝えました。
 この件は、以上で当博物館の手から離れました。はたして依頼主さんがスペインのワイン製造主にどこまで種の判定を要求したかわかりませんが、いずれにしてもアリがなぜ紛れ込んだのか、しかも複数ですから、原因を突き止めてほしいものです。ひょっとして原材料のブドウについていたとすれば、こういう事例が今後も続くかもしれません。関係者の奮起を期待します。

ワインに虫が………その4

 今度は、ポルトガルから輸入した赤ワインの中からクモらしき虫が発見されたということで、同定依頼が来ました。昆虫専門の博物館に何で尋ねてくるの?という感じですが、当博物館が昔から懇意にしている専門家がいますので、早速転送して見てもらうことにしました。転送前に一応当博物館でも調べられるだけやってみようと思いビンからクモを出してみてびっくりしました。想像以上に大きかったからです。
 ハエトリグモのようなサイズを想像していたのですが、体長1㎝近くあり、脚を伸ばして端から端まで測れば5センチくらいにもなりそうなサイズです。何でこんなものが紛れ込むの?と少しあきれながら転送しました。
 数日後、先方から返信のメールが届きました。それによれば、日本のクモの科の中にはいないということでした。強いて言えば、フクログモ科に近いが、それとも違うということで、その旨、依頼主に返答しました。こうなればポルトガルで紛れ込んだということは明白なので、依頼主も輸入元に改善を要請できるでしょう。ただ、クモの場合、ワインの原材料を食べるわけではなく、偶然紛れ込んだという可能性が大なので、その機会を減らす努力をしてもらえば、こんな混入はそれほど何回もあることではないように思えます。それにしても、ワインボトルの口をすり抜けるのに苦労しそうなサイズのクモが、なぜ見過ごされたのか、素人ながら首をかしげてしまいます。

ワインに虫が………その5

 クモ混入の半年後、またワイン関係で虫の同定依頼がありました。ただ、今回は少し状況が違っていて、ワインの中ではなくボトルのコルク栓の外側に小さな虫がうじゃうじゃいるというのです。ただ、その担当者の手元に届いたときにはうじゃうじゃいたのに、こちらに送る手配をしているうちにちょっと数が少なくなってしまったというのです。とにかく急いで送るからということで、当方としてもなるべく早く見ることにしました。翌日届いた瓶のコルク栓あたりを見ましたが、肉眼ではなにも虫らしきものが確認できません。虫が逃げないようにコルク栓の部分をラップに包んでくれていたので、すぐさまそれをはずして、ルーペで念入りに探しました。すると、約1ミリくらいの虫が2頭コルク栓の上にへばりついていました。残念ながら、輸送時の衝撃か、死んで破損していたので、どこまでわかるか、という状況でした。しかし、何の仲間かはすぐに分かり、ホッとしました。
 チャタテムシの仲間だったのです。調べてみると、チャタテムシ目のコナチャタテ科でした。有力なのはヒラタチャタテでしたが、前胸背など見たい部分が破損していて種までは特定できませんでした。ただ、いずれの種にしてもこの仲間は同じような生態をしていますので、今回の発生の理由については類推できるでしょう。ちなみにこの仲間は世界各地に普通に分布しています。我々のような標本を扱うものにとっては実害がありますが、人間を刺す、噛むなどの直接的な害はなく、一般の方にとっては、不快害虫という存在でしょう。

小さいが大きなトラブルメーカー

 この仲間は、乾燥標本や動物性乾物の他、様々なものを食料としますが、カビも好むので、湿気の多いタンスや押し入れなどで大発生して、問題となることもしばしばです。今回は、カビではないかと類推されます。ただ、ワインの場合、コルク栓の上からアルミカバーで覆われていたのに、そのカバーとコルク栓の間で大発生(うじゃうじゃがどの程度か私にはわかりませんが………)していたということで、問題となったようです。依頼主は、コルク栓の内側のワインの中で大発生して、それがコルク栓の隙間から出てきたのではないかと疑っていて、「それはないでしょ」という私の意見を押し切って、「コルク栓を抜いて中を調べて下さい。」とまで言われるのです。ご依頼とあらばということで栓を抜き、濾過してみましたが、案の定何の異変もありませんでした。
 この仲間は単為生殖をするものが多く、1頭でもいたら、好適な環境になるとあれよあれよといううちに繁殖してしまいます。通気性の良くない環境は彼らの大好きな場所です。ワインのコルク栓にカビが生えるということがあるのかどうか分かりませんが、今回の騒動は、たまたまアルミカバーをするときにチャタテムシが紛れ込んで、たまたま好適な温度、湿度条件が続いてカビが生えたところにこの虫が繁殖したという偶然が重なったということではないでしょうか。
 実は、この仲間の苦情は,年によって大きく差があります。またか、というくらいこの仲間の質問が多いかと思えば、ほとんど聞かない年もあります。この年は、居間で大量に見つけたとか、タンスの中に大量発生したとか、風呂場のタイルの上を這いまわっていたというように、一般の人の目にもよくつくくらい、いたるところで発生したらしく、質問の多い年だったのです。この種にとって、快適な気候の1年だったのかもしれません。

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