もっと知りたいIPM☆・20 PCO産業発展のために

ジャック・ドラゴン(Contributor)

 筆者は2006年にこのシリーズを書き始めました。以後、折に触れて、PCO産業に影響を及ぼすに違いない課題を取り上げ、欧米諸国とくにアメリカの業界がどのように対処してきたかについて、日本の情況と対比させながら話を進め今回で20回目を数えます。
 06年当時の日本社会は、最も流行した言葉のひとつが「ロハス」(Lifestyle of Healthand Sustainabilityの頭文字を連ねた造語)であったように、人々の関心が健康で持続可能なライフスタイル志向に傾き始めたのです。当然のことながら、環境保全や生態系の保護への関心も高まり、そのような環境のもとで、PCOに携わる人々の間にもIPM防除がそれほどの抵抗も無く浸透し始めたのも事実でしょう。
 本音を言えば、PCOよりも顧客(施主、クライアント)側に健康や環境問題への関心が高まり、これにおもねるような形のIPM防除が盛んになったことも否めません。
 アメリカのPCOはどうかといえば、2012年末に2期目を迎えたオバマ大統領が最初の政権を握る今から4年前のこと、リサ・ジャクソンさんのEPA(環境保護庁)長官就任にNPMA(全米ペストマネジメント協会)は頭を悩ませていました。というのも、彼女は化学物質に強い規制で臨むことを言明していたからです。案の定、そのひとつの例としてこのシリーズでも採り上げたように、殺鼠剤の使用規制問題などが提起されもしました。
 しかし、NPMAは良い解決策を得るために、行政と歩調を合わせてIPM防除実践のための根気のいる努力を重ねたのです。EPAは例年どおり2013年のグリーン・ケミストリー大統領賞の候補選びに取り掛かりました。(電子版Washington Post、2013/02/25)
 建築物衛生法の改訂に伴い、IPM実践ハンドブックなどが完成したいま、日本のPCOも本来のIPM実践に取り組み始めています。

グリーン・ビジネスとしてのPCO産業

 アメリカでも日本と同様に、この産業が環境に影響を及ぼしかねない化学物質を使っているという負い目が多少なりともありました。それで従前のNPMAは、生活者からの風当たりをなるべく弱めるような活動を盛んに行っていたのです。EPAなどへのロビー活動などがそれです。しかしその一方では、防除業界の社会性を高めるための組織作りと並行して、個々の企業に良質な経営を求めることにも注力していました。
 クオリティ・プロ・グリーンの育成制度などはまさにその目的に沿うものでしょう。環境保全や生態系を乱すことの無い、いわばグリーンなペストコントロール産業の育成です。
 初期のオバマ大統領が採ったグリーンニューディール政策は、まさにアメリカのPMPが目指しているグリーン・ビジネスと合致していました。グリーンという言葉から誰しもが思いつくのは、環境・緑・自然・生態系保全などでしょう。グリーンを目指さねばとする動きは、アメリカのほとんどすべての産業に共通する課題になったのです。グリーン購買、グリーン生産、グリーン農業など新政権のストラテジー(戦略)は、実のところニューディール(新ビジネス)の創造だったのです。
 PCO産業も、技術面では物理的・環境的な防除を主体とするIPM研究がより盛んになっています。しかし、化学的防除もIPMに欠かせない手段のひとつなのです。とかく防除業の道具としての殺虫剤は、いわゆるグリーンの対極にあると考えられがちです。しかし、本来はそのような道具を「安全に正しく使いこなせるか」が、グリーンもしくはグリーン経営の本質にかかる課題となってきています。

職業としてのPCO業

 ところで、日本のPCO産業をより発展させることの要因はどこにあるでしょうか。PCO産業がサービス業であるなら、人口割にしてもアメリカの半分近い需要があってしかるべきでしょうし、それを支える職業人口もそれなりの数があるべきなのです。
 では、PCO産業を構成する職業を、日本ではどのように位置づけしているかをみておきましょう。平成22年の国勢調査時に用いられた、総務省統計局による「職業分類」の最終章、運搬・清掃・包装等従事者のうち「229 その他の清掃従事者」に出てきます。
 この分類によれば「道路・公園の清掃の仕事及び列車・船舶・航空機・車の清掃,建物の消毒,害虫駆除など他に分類されない清掃の仕事に従事するものをいう」とあり、具体的には「 道路清掃作業員,公園清掃作業員,列車清掃員,航空機内清掃人,船舶清掃作業員,自動車洗浄作業員,白あり駆除作業員,木材燻蒸員,消毒作業員,浄化槽清掃員,貯水槽清掃員」がここに入ると記載されています。
 しかしPCOは清掃の仕事では絶対にありません。広域感染症への緊急出動要請に応える体制作りを地方自治体と交わす企業もあり、いまや総合的な地域防疫の担い手なのです。
 こうしたことからも独立した職業に分類されるのが本旨でしょうし、この際、業界も「害虫駆除などに従事する消毒作業員」から「ペストマネジメント業(PMP)またはペストコントロール業(PCO)」への脱皮を、早急に図りたいものです。

PCO産業の実態把握と発展へ向けて

 ひとつの産業は個々の企業の集合で成り立ちます。企業はよく言われるように人・物・金で動きます。なかでも重要なのが人なのですが、残念ながら日本には衛生動物昆虫防除(防疫)の技術ならびにマーケテイングに関連する教育の場がほとんどありません。
 60年代に盛んだった薬剤メーカー間の開発競争なども今ではほとんど見られません。このような産業環境では、いざというときに対処できる人材がなかなか育ちようも無いのです。しかも、新興再興の感染症の媒介昆虫などは、予期しないところで増加する傾向にあるのです。
 日本のPCO産業も2013年末には協会設立45周年を数えます。しかし、この産業の実態が正確に把握されているか、または将来への青写真が描けているかについては、先の職業分類を見るまでも無く、甚だ疑問です。とくに問題なのは、上述のようにPCOが環境衛生の担い手であるにも拘らず、その重要性についての社会的認知が得られているとは、到底思えません。
 筆者はその原因を、この産業の市場力が正しく把握され、透明化されているかにかかると考えています。ここで言う市場力とは業界規模(専門別生産額:施工高)、企業数(企業規模別、就業人員数など)や労働条件などのことです。そして、この産業を構成する基本的な事項が、生活者に理解されやすい形で提供されるべきなのです。
 確固たる青写真が描けるところには人材が集まります。そのためにはPCOの資格制度(免許)に裏打ちされた、社会的認知の向上もひとつの選択でしょう。もちろん彼らが使う道具(防疫用殺虫剤や農薬など)を一元管理する必要も伴うのですが、こちらの方はアメリカのFIFRA(連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法)やEUの例を参考にできることは、このシリーズで何度も申し上げてきたとおりです。

PR作戦

 いまNPMAのメンバーはクオリティ・プロ・グリーンを目指しています。しかし水準の高いPCO技術や知識はなにも業界内だけで生まれるわけではありません。その研修カリキュラムには「消費者がグリーンについて考えていること」、「グリーン・ペストマネジメントを採るべき理由」など、グリーンビジネスの本質が盛り込まれています。グリーン・ペストマネジメントのマーケティング活動(マーケットリサーチに始まる顧客開発、広告宣伝や販売促進策の研修など)の研究で、グリーン市場をどう創出するかを学ぶのです。
 アメリカではこの産業の顧客の50%以上が一般住宅の需要なので、世間一般から好意的に遇されるように振舞う必要があります。そのためには協会傘下のどのPMPにも、殺虫剤など化学物質の安全使用はもとより、高水準で品質の高い技量の提供と、正しい経営姿勢が求められているのです。
 一方、日本のPCOの現場といえば、食品施設や建築物衛生法下の物件の管理が主体です。今後の日本市場は、米国並みの市場構成に近づくことになるでしょう。そのときに備えて、PCO業にはなお一層のIPM防除の実践が求められているのです。
 まずは建築物衛生法、食品衛生法、薬事法など関連法規の理解と遵守が挙げられます。それらがグリーンPCO産業を育てることになるのです。一方では従事者の資格(免許)制度化が着々と進捗中です。厚労省は09年6月に施行の改正薬事法で、医薬品殺虫剤を安全性リスク分類2の一般用医薬品(第2類医薬品)に類別しました。かなりの緩和策が導入されたのです。もしかしたら薬剤の一元管理の実現も近いかもしれません。
 今こそ、日本のPCO産業および職業としてのPCOの社会的認知の向上に努力するべきときなのです。グリーンビジネスの伸展に、産業の透明化と正しいPRが求められています。

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