住民によるアルゼンチンアリ 広域一斉防除レポート

鵬図商事株式会社 足立雅也

 1993年に広島県廿日市市で確認されたアルゼンチンアリは、現在までに、広島県のほか山口県、愛媛県、岡山県、兵庫県、大阪府、京都府、岐阜県、愛知県、神奈川県で生息が確認されている。その生息地の拡大の原因には自動車による人や荷物の移動に女王アリが便乗し、降り立った地で新たなコロニー(巣)を創成していることが考えられている。
 在来種アリ類の多くは1 頭の女王アリによってコロニーが構築されるが、アルゼンチンアリでは複数の女王アリにより広範囲に大規模なコロニーを構成するのが特徴的である。生息数は短期間のうちに著しく増大してコロニーは巨大化する。
 さて、今回、一斉防除を行う場所は広島県佐伯区の一区画で、家屋周辺にアルゼンチンアリの行列が多数確認される住宅街は、まるで巨大化したコロニーに飲み込まれたかのように感じるほどである。一方、道路一本をはさんだ向かい側では在来種のみ確認される場所もあり、この状況からこの地域はアルゼンチンアリと在来種の分布境界線であろうと推察された。

 この地域で平成22年5 月9 日に広島県ペストコントロール協会(広ペと称す)は「安心して暮らせる環境を目指して特定外来生物であるアルゼンチンアリによる被害の軽減と分布拡大の防止を目的とした、住民による広域一斉防除」を実施した。広ペでは昨年から試験的に広島市西区において実施しており、今回2 現場目となる。( 1 現場目である西区での防除内容は、社団法人日本ペストコントロール協会の機関紙である「PEST CONTROL 2010年4 月号」に掲載されているので、ぜひお読みいただきたい)。
 住民を巻き込んだ取り組みのメリットは、個人の所有地や留守宅など他人が許可なく入れない場所へも薬剤散布が可能であるということと、PCOだけで広域防除となれば多人数で長期日程となるが、住民の協力を得ることでこれらを解消できるという側面もある。
 そこで、他の発生地域でもアルゼンチンアリ防除を始めることになった時、この広島市での取組みが参考になるのではなかろうかと考え、今回レポートすることにした。

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■ はじまりは住民の悲痛な訴えから

 2009年10月頃、広島市佐伯区在住の町内会長の自宅にアルゼンチンアリが侵入し、自宅のみならず近所中が困っていることを保健所に相談した。そもそも保健所は衛生害虫に対して相談を受けて対処するのだがあまりにも悲痛な訴えに耳を傾け、以前からタイアップしている広ペに相談した。広ペの見解としては、戸別に家屋周囲の防除を行ってもコロニーの一部分にしか効果がない。また、防除を行っていない近隣住宅の敷地から、あまり期間をあけずに再度侵入することが予測される。防除効果を発揮し、住みよい状況までアリの密度を低減させるためには、地域一斉に防除を行うべきであろうと広ペは保健所や住民に助言した。

■ アルゼンチンアリの被害例

広島の被害例をいくつか紹介する。
 例1 )家の中に侵入しているアルゼンチンアリの列をたどっていくと、線路に着いた。土手の部分には植物が生い茂り、アリの住処や餌場になっている。軌道内には一般の人が立ち入ることができないので防除ができない。自宅周囲に薬剤散布をしても、一時的に数は減るが2 、3 カ月で元どおり。
 例2 )マンション敷地内の樹木にカイガラムシやアブラムシが発生しカイガラムシやアブラムシが出す甘露を餌に、アルゼンチンアリが集まってきた。やがて隣接する住宅内に侵入した。家主は自宅周辺には薬剤散布するが、樹木の場所は他人の所有地なので入って勝手に防除ができない。また、樹木に発生しているカイガラムシやアブラムシの防除も勝手にするわけにもいかない。マンション側に相談をするが、きちんと対応してもらえない。
 例3 )マンションの6 階の一室だけアルゼンチンアリの侵入がある。下の部屋では侵入がない。マンションの敷地内にアルゼンチンアリが生息していることは間違いないが、侵入被害のある部屋はこの一室だけなので、マンションの管理組合として対処できず、その部屋の住人が単独で対処している。
 例4 )中古住宅を購入した後、または、賃貸住宅を借りた後に、周囲に生息していたアルゼンチンアリが侵入して、不動産屋にクレームが入ることがある。一方オーナー側の被害としては、アルゼンチンアリの生息地であるということで、将来的に侵入に悩ませられるのではないかという理由で住宅の買い手、借り手が見つからないことがある。結局、不動産価値が落ちることにつながる。
 例5 )赤ちゃんを寝かせていたら、口の周りに残ったミルクにアルゼンチンアリが群がっていた。
これらが身近な被害例の一部であるが、このほかに農業被害や生態系への影響など環境被害もある。

■ 現場の状況

 広島市の西端に位置する佐伯区は、アルゼンチンアリが国内で初めて確認された廿日市市の東隣である。北部は丘陵地域で南部は瀬戸内海に面している。今回の対象地域は沿岸から内陸側に約1 kmの場所で、JR沿線の北側である。
 広ペは現場調査のため対象地域を巡回し、目視で生息を確認できた場所を地図に記録した。巡回の途中、個人宅の植え込みや玄関先に市販のアリ駆除用のベイト剤や粉剤を見かけることが多く、それ だけ住民が困っていることが想像できた。しかし、薬剤処理箇所から1 mほど離れると行列ができているのが確認できた。また、雑草が生い茂っている空き地や集合住宅のゴミ置き場などの共有スペースは何も処置されていないため、著しく生息密度が高くアルゼンチンアリの働きアリが幅広い行列を成していた。
 JR沿線の住宅は、被害相談の多い場所のひとつである。軌道内は一般の人が許可なく立ち入ることができないため、広ペは保健所とJRの協力を得て調査を行った。線路脇の土手には草木が生い茂っており、餌となる甘露を供給するカイガラムシやアブラムシが生息している。砂利石の隙間や草木の物陰は格好の住処となり、アルゼンチンアリが生息するに都合のよい環境である。
 対象地域は約600世帯に及ぶが、この全域にアルゼンチンアリが広がっているのではなくアミメアリなどの在来種のみが見つかる部分も残っている。事前にアルゼンチンアリ被害の有無を問うアンケート調査を実施して散布域を絞り込んだ。結果、約半数の320世帯から回答があり200世帯強で被害があることが判明した。

■ 事前説明会は重要ポイント

 広域一斉防除の対象地域は約600世帯あり、6 人の町会長がいる。
 第1 回目の説明会は4 月17日に地域集会所に6 人の町会長に集まってもらい、アルゼンチンアリ一斉防除の必要性、被害状況の概要、使用薬剤と防除方法の説明を行った。
 ポイントは、一斉防除は1 年で3 回行い、その費用は1 世帯当り500円ということである。この価格が実現できたのは、実験的な試みということで特別にシンジェンタ ジャパン株式会社による薬剤の無償提供の協力を得ることができたためである。この手ごろな負担額は、住民に「やってみよう」という気にさせた。ハンドスプレーヤーは希望者のみの購入であるが、広ペを通して購入すると市販よりも安価で入手できるよう段取りしていた。各世帯に配布する一斉防除の手引書も保健所の協力を得て必要枚数を用意することができた。複雑な説明や質問もなく、6 人の町会長の理解を得て、次は参加希望の住民対象の説明会へ。
 第2 回目の説明会は4 月30日に同じく地域集会所で行った。参加者は70名を超え、集会所に入れきれなかった方もいたかもしれない。その内女性はざっと数えて45人ほどで、半数を超えている。防除施工もほとんど女性が行うのであろうとの予測がつく。知識も経験もほとんどない人への分かりやすい説明が求められる。そして、質問はたくさん出たが懇切丁寧に対応することができた。よって、アルゼンチンアリの侵入にかなり困っている地区の約230世帯が参加することになった。

■ 防除方法と一斉防除当日

 使用薬剤はチアメトキサム25%の4 g分包で、参加住民に2 包ずつ配布した。バケツ等を用いて 10Lの水に4 g( 1 包)を溶かし、住民が購入したハンドスプレーヤー( 2 ~ 5 L程度の園芸用)に、希釈液を移して1 軒の家屋で使用量20Lを目安に数回に分けて散布する。ハンドスプレーヤーがない場合はジョウロを用いてもよいが、吐出量が多いので加減をして散布しなければ薬剤が足りなくなる場合がある。
 散布のポイントはコンクリートと土の境目、石垣の隙間、ブロック塀の割れ目や隙間、物陰になる落葉や植木鉢の下、家屋の壁際である。これらのポイントを特に意識しながら散布し、うまく巣穴に薬液が流れ入ると、働きアリが何十匹も噴出すように現れる。たまに女王アリが数匹混じる場合もある。
 この作業を1 年間で繰り返し3回行う。第1 回目は4 月中旬~ 5月上旬の施工で、新女王アリの発生を阻止することが目的で、結果として働きアリの発生数を抑えることができる。第2 回目は6 月~7 月の梅雨明けの施工で、1 回目の施工で生き延びた女王アリを防除し、さらに働きアリの個体数が最大になる前に減少させる。第3回目は10月~11月上旬の施工で、来春に女王アリになる幼虫やその世話をする働きアリを防除することによって、翌年の新女王アリの誕生を阻止する。
 散布時に注意しておきたいことは、季節、天候、気温、時間帯、餌の採取場所によって行列の場所が刻々と変化するため、散布時に目撃した行列の場所だけではなく、先に述べたポイントをはずさないようにすることである。できれば、植木鉢や敷石の底面なども、面倒ではあるが手で持ち上げながら散布しておきたい。そして、広域に散布するということは無差別的に在来種のアリ、ダンゴムシ、ヤスデなどの対象外生物にまで影響してしまうので、アルゼンチンアリが見当たらない世帯では散布をしないなどの判断が必要である。
 アルゼンチンアリに直接散布しても、すぐには死なず元気に走り回っている。だからといって薬剤の希釈倍率を低くして濃度を濃くすると薬剤が伝播する前に致死し、結果一時的に減ったように見えるがすぐに行列を成す状態に戻ってしまう。散布後4 日目あたりからアリの減少が始まるので、様子を見ながらあせらず待つことも必要である。
 第1 回目は5 月9 日の午前9 時から12時までの3 時間にわたって一斉防除は行われた。600世帯のうち約230世帯が参加することになった。天候は晴れであったが、雨が降って涼しい日が続いたので、例年と比べて発生数は少なかった。
 広ペのメンバー6 人と保健所の環境衛生課の2 人は町を巡回し、どこにどのように散布すればよいか困っている住民に対し、丁寧にアドバイスを行った。また、道路やアパートの共有スペースなど、誰もがやりそうでない場所への散布を行い、なるべくモレがないように防除を行った。
 30cm角の正方形のモルタルの塊を持ち上げると、その底面には数百匹ものアルゼンチンアリが一面に繁殖していた。ここに薄い土色の希釈液を散布するわけだが、ほとんど水のように見え本当に効果が期待できるのか不安になるくらい臭いも刺激も感じられなかった。アリも薬剤処理面を元気に走り回っている。ただ、言われたことを信じてポイントを外さず確実に散布するのである。
 JRには事前に保健所が掛け合って、薬剤散布による防除が行われたとの報告があった。
 当日は地元テレビ局も取材に来るほどの話題になり、薬剤散布後のブロック塀の割れ目からアルゼンチンアリが溢れ出す様子を撮っていた。取材陣も広島県在住であるから、さぞ他人事ではない気持ちだったのであろう。
 第2 回目は7 月25日に、1 回目と同様に9 時から一斉防除が行われた。
 1 回目の散布場所を確認すると、アルゼンチンアリはほとんどいなくなっていた。住民に話を伺っても随分減ったとのこと。しかし、アルミ柵の内側の空洞部分など、「まさか」という場所への散布漏れがあり、まだ多少の生息が見受けられた。これは住民の視点で散布していたため、気づかなくても仕方がないような部分である。このような部分を広ペのメンバーが巡回することによって見つけ出し、その区画の人たちに薬剤散布をお願いした。JRも協力して薬剤散布のみならず、軌道内の草木を刈り取ってくれていた。
 おそらくこの調子で3 回目も行うと、来年は保健所に相談しなくてもよいレベルまで生息を制御することができそうである。

■ これからの課題

 この地域での反省点をあえて挙 げるのであれば、約600世帯を一度に対象にしたことであろう。中には消極的な人もいるわけで、その人に迎合して参加しなかった人もいるであろう。また、600世帯は多すぎて事前説明会の設定や、一斉防除当日のフォローなど大変だった。次回からは密接に関われる規模の約100世帯ずつに区切って行う予定である。

■ 最後に

 取材に協力していただいた株式会社クンジョウの藤島隆年様、有限会社七福の山路英男様、頭山昌郁様、有限会社タッケンの木本正道様、内外消毒株式会社の堺雅秋様、協栄産業株式会社の佐々木敏幸様にはお礼を申し上げます。また、この防除にご参加いただいた皆様が苦労して実施されたことが、他の地域でも役に立つことになると思います。
ありがとうございました。

商品紹介

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