トコジラミに関する海外動向

リチャード・クーパー

■予期せぬ被害の拡大

 アメリカ、カナダ、オーストラリアやイギリスなど、いずれの国においてもトコジラミの再流行は予期せず訪れた。現在の大流行を予測し、それに伴って頻発する諸問題に対して事前に対策を講じていた国はどこ一つとしてない。
 1950年から60年代にかけ、有機塩素系殺虫剤(DDTなど)や有機リン系殺虫剤(マラソンなど)は広く使用されていた。こうした薬剤使用により、アメリカを始めとする先進国では、トコジラミがほぼ根絶されたと考えられていた。実際、約50年間アメリカなど先進国のペストマネージメント業者ではトコジラミの駆除依頼を受けることは無く、施工者の多くはトコジラミの姿さえ見た事がなかった。しかし、トコジラミが姿を消してから半世紀近くが経った1999年頃からトコジラミの発生が再び報告されるようになった。当時の発生報告は、中級クラス以上のホテルに限られた。旅行者の荷物等に紛れ込んで、移動していたと考えられる。それからさらに10年が経ち、トコジラミは驚異的な速度で拡大。今では、全米50州でトコジラミの発生報告があり、学校、オフィスビル、病院、公共輸送や映画館などあらゆる施設へと広がっている。こうしたことから、トコジラミはあらゆる場所へ急速に拡大することが分かる。
 オーストラリアでは、1999年から2006年の間に4,500%の勢いで被害が急拡大。病院や診療所でも発生しており、その社会的影響は深刻である。2005年にオーストラリアのペストマネージメント業者121社に対して行われたアンケート調査によると、2000年には合わせて年間158件の施工事例しかなかったが、2005年には年間2,464件まで増加。
 また、先にも触れたが、施工対象施設も多様化している。アメリカやオーストラリアでは、オフィス、学校、映画館、公共交通機関での施工も見られ、全体の1/8を占める。米国大統領執務室や国連総会会議場での発生も話題となった。カナダでも被害が急拡大している。トロント公衆衛生局では、2003年の相談件数が46件であったのに対し、2008年の7月までで1,500件を超えた。

トコジラミの駆除に関するご相談はこちら

■トコジラミ被害に関わる訴訟問題

 トコジラミ被害はベッドや家具の廃棄などの経済損失と、睡眠中に刺咬されるのではないかという不安から不眠症になるなどの精神被害がある。これらにつきものなのは訴訟問題であり、アメリカでは多額の賠償金が認められるケースもある。ホテルでトコジラミに刺咬され、または自宅へ持ち帰って刺咬された宿泊客が、ホテルを相手取り損害賠償を求めるケースは典型的な例だ。集合住宅の賃借人と家主間の訴訟も頻繁に起きている。最近では、配送トラックの荷台などで家具に伝播したと疑いがあり、家具販売業者を相手取った訴訟もある。

■アメリカでトコジラミはどのようにして広がったか

 他国での過去数年間のトコジラミの広がり方を見れば、日本で将来起こり得ることがある程度予測できる。ここではアメリカの拡大事例を紹介する。
 (1) 一般大衆の認識不足
一般の人々の間ではつい最近まで、トコジラミの存在さえ知られていなかった。そのため、侵入初期の形跡や刺咬症状の見誤りにより適切な対策が施されず、ホテル、アパートや住居にトコジラミが広がった。
 (2)社会的偏見
トコジラミは貧民街の問題であり、自分とは無関係だと信じている人が多かった。こうした油断をつくようにしてトコジラミは一流ホテルにも生息場所を広げた。
 (3)巧みな侵入方法
トコジラミは、初期侵入後、しばらくは人間に感知されにくい。侵入初期段階では、壁裏、ベッドの底やヘッドボードなど人目につかないところに潜む。日中は活動せず、深夜になり居住者が眠りについてから這い出す。初めて刺咬された時は痛みも感じさせず、また、症状が現れない。症状が現れる頃までには数回刺咬されている。症状が現れても他の虫刺されや皮膚炎と誤診され、トコジラミが原因であることがなかなか分からない。その間にもトコジラミは繁殖し、原因に気づいた頃には家中にトコジラミが広がっている。
 (4)ペストマネージメント業界の準備不足
現在、日本のペストマネージメント業界でトコジラミの防除に熟知している専門家がはたして何人いるだろうか。極少数ではなかろうか。これは日本に限らず、アメリカやその他の国でも数年前までは同じ状況であった。トコジラミは現世代にとっては初めて遭遇する害虫であり、知識、技能面で対応に十分な準備ができていなかった。また、過去に使われていたDDTのような薬剤は現在では使う事が出来ないため、日頃の経験をそのまま活かすことができない。

■アメリカではトコジラミの防除は何故難しいのか?

(1)強力な薬剤が使用できなくなっている
昔のようにDDTをトコジラミに使用することができなくなった上、有機リン系殺虫剤の使用も禁止されている国もある。代替品として使用されるようになったピレスロイド系殺虫剤には、DDTのような強力な効果や長い残効性は得られない。
(2)トコジラミが潜む場所に殺虫剤を使用できない
トコジラミの主な潜み場所であるベッド、マットレス、衣類に殺虫剤が使えない。
(3)トコジラミは完全に駆除しなければならない
トコジラミは完全に駆除しないと再発し、刺咬がいつまでも続く恐れがある。そのため、トコジラミは、卵から成齢虫まで100%駆除することを求められる。トコジラミを駆除する上での最大の困難と言える。人目に付かなければほとんど問題とされない他の害虫と比べ、非常にやっかいだ。

■トコジラミ関連商品

薬剤の環境露出に対する社会懸念が広がる中、有効性の高い殺虫剤が使用できなくってきている。そのため、殺虫剤を使用しない有効な防除方法へと転換を図っている。以下、薬剤を使用しない有効性の高いツールをいくつか紹介する。

  • マットレスカバー:マットレスの内部にトコジラミが入り込まないようにする。(写真①)
  • 遮断トラップ:人の血を求めてベッドやソファの脚を登ろうとするトコジラミを捕獲。
  • 掃除機:目で確認できるトコジラミを吸引。
  • スチーマー:布張りしたソファ、繊維製品、木製家具の隙間などに潜むトコジラミやその卵を水蒸気の熱により駆除。(写真②)
  • 熱処理機:部屋や建物全体を致死温度まで上げトコジラミを駆除。ホテル、学生寮、アパートや戸建住宅などで利用される。
  • 珪藻土:粉末に接触したトコジラミの虫体を傷つけ、乾燥させて殺虫。
  • モニタリングツール:二酸化炭素、熱や化学誘因物質などを利用して捕獲。
  • 検知犬:トコジラミの臭いを検知する訓練を受けた犬を使い、ホテル、学生寮などの建物全体を調査。(写真③)

■日本もトコジラミの危険に曝されているか?

 世界中の人が行き来する時代に日本だけに被害が及ばないとは考え難い。トコジラミは国籍や貧富の差などにとらわれることなく、富裕層の旅行者の持ち物にも入り込み、一流ホテルにさえ繁殖域を広げる。他国の先例や失敗から学ぶことは重要である。一般市民や政府が根拠もなく希望的観測で高を括っていると手遅れになる可能性がある。日本では最悪の事態に備えて準備することで被害を最小限に留めてもらいたい。

 クーパー氏はトコジラミの専門家として全米で知られており、Bed Bug Central社の副社長も勤める。10年以上もトコジラミに関する研究調査を行っており、ペストマネージメント業界向けの書籍や雑誌の執筆、ならびに講演など多方面で活躍している。代表的な著作物には、トコジラミの施工方法について書かれた「Bed Bug Handbook, the Complete Guide to Bed Bugs and Their Control」がある。

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース305号(2010年3月)に戻る