米国カリフォルニア州、 アルゼンチンアリ視察旅行(後編)

鵬図商事株式会社 服部 雄二

カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)視察

 8月28日、朝、カリフォルニア州リバーサイドから、同州南部のサンディエゴヘと向かった。サンディエゴは人口120万人の全米6番目の大都市だが、気候が穏やかであるためか、どこかゆったりとした雰囲気が漂っている。この日は、サンディエゴ郊外のラホヤ地区に位置するカリフォルニア大学サンディエゴ校を訪問し、同校生物学部でアルゼンチンアリ、ヒアリ(Redimported fire ant)など外来社会性昆虫の研究をしているホールウェイ先生(Dr.David Holway, PhD.,Associate Professor)とお会いした。「インテリ風で取っ付きにくそうだな」と言うのが最初の印象だったが、話を聞いているうちにその内容の深さにたちまち引き込まれた。以下、雑談的にヒアリングした内容の要点を記述する(写真13)。

敵対性試験

実験室のアルゼンチンアリの飼育箱には、アルゼンチンアリの巣が2つあり、巣の間は網で仕切られている。隣り合う巣のアリは、網の目を通して触覚でお互いを探り合うことは可能だが、実戦を交えることは出来ない。網越しに探り合う様子を観察すれば、敵対性の有無がわかるが、それにより遺伝的に近縁か、遠縁なのかを見分けている。1ヵ月後には、何十箱の巣箱を使って世界各地のアルゼンチンアリの敵対性試験を本格的に開始する。

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米国の巨大コロニーについて

アルゼンチンアリは南米原産だが、人間の輸送物などに紛れ、世界中に生息域を広げた。北米には100年以上も前に侵入し、現在はカリフォルニア州を最大に各地にコロニーを形成している。これらコロニーは、「元は単一の巣から広がったスーパーコロニーである」という通説がある。つまり、全米の無数のアルゼンチンアリは、元を辿れば一つの巣(家族)から拡散したということだ。しかし、この通説には少し疑問を感じる。というのも、この通説の根拠は、「アルゼンチンで別々の巣から採取したアルゼンチンアリを隣り合わせると戦うのに対し、北米では遠く離れた巣から採取したアルゼンチンアリ同士は戦わない」という行動学的観察結果から導き出されているからである。外来生物として全米に生息するアルゼンチンアリがアルゼンチン在来のアルゼンチンアリよりも遺伝的多様性が乏しいことは確かだ。しかし、100年以上前に侵入した単一のコロニーから広がったという説は、理解しやすいためメディアのネタとしては取り上げやすいが、あまりにも単純だ。最初の侵入後、他の巣に属するアルゼンチンアリの侵入は何度かあったが、少ない選択肢の中から交配が繰り返され、遺伝的に近縁のコロニーが広がったと考えた方が受け入れやすい。いずれにしても、北米でこれだけ拡大したのは、異なる巣間でアルゼンチンアリが敵対性を示さなかったことが背景にあることは事実だ。逆に、原産地のアルゼンチンアリは巣間で互いに争うため自然に密度や拡大が調整される。原産地では問題ない生物でも別の環境へ移ると異常繁殖し、深刻な問題を引き起こすことはよくあるが、アルゼンチンアリはその典型と言える。

拡散と土壌湿度の関係

繁殖力の強いアルゼンチンアリではあるが、土壌湿度が低い地域へはほとんど進出していない。事実、カリフォルニア州でも水源のある農業地区や川沿いでは繁殖しているが、乾燥地へは進出していない。サンディエゴも年間平均降雨量が250mm以下の乾燥地で1よあるが、市街地で水源があるため広がることができた。但し、日本では年間平均降雨量が1500mmもあり、四季を通して降るため、水源に制限されずに拡散する可能性は十分にある。

ヒアリの日本上陸の可能性について

米国に定着している外来生物の中で、アルゼンチンアリと並んで問題視されているのはヒアリだ。ヒアリは生態系を乱すばかりでなく、このアリに人が噛まれると痛みを伴う炎症を引き起こす。個々の戦闘能力はアルゼンチンアリを上回り、先住のアルゼンチンアリを駆逐した例もある。繁殖力に関しては、アルゼンチンアリは女王と働きアリの両方がいないと繁殖できないのに対し、ヒアリは交尾後の女王アリが1匹いれば繁殖できる。日本ではヒアリが定着したとの報告はないようだが、台湾に定着していることを考えるといつ侵入・定着しても不思議ではない。

アルゼンチンアリの社会制度

アルゼンチンアリは他の多くの社会性昆虫とは異なり、一つの巣に多数の女王アリが存在する(多女王制)。多女王制とは言え、大多数のアリは、働きアリとなり外敵から巣を守り、食物を採取し、幼虫や他のアリの世話をする。女王アリも働きアリも、孵化後、幼虫までは同じ姿で、どのようなメカニズムで分岐するかについてははっきりとは分からない。但し、同じ巣に他の女王蟻力それだけいるかによって、女王アリになる確率が変化することは実験により証明されている。当然、他の女王アリの数が少ない場合は女王アリになる確率が上がり、多い場合は確率が下がる。女王アリも働きアリも遺伝的な違いはほとんどないので、与える餌やフェロモンによって、女王アリの出現を巣全体でコントロールしている可能性もある。働きアリに関しては、年齢とともに職蟻としての役割(餌の運搬、育児、清掃、女王アリの世話など)が変化しているとの説もあるが、これに関してもはっきりとしたことは不明。

ホールウェイ先生は一見物静かであるが、我々の質問に対して一つひとつ丁寧に答えてくださった。時間が許せばいくらでも聞きたいことはあったが、またお会いできる日を願いインタビューを終えた。

Lloyd Pest Control社視察

8月29日、視察最終日はサンディエゴにあるPCO、Lloyd Pest Control社を訪問した.Lloyd Pest Control社は、1931年の創業以来、親子3代に渡り家族経営で成長してきた会社だ。従業員は250名おり、売上の25%程度が事業顧客で、残りは住居顧客(戸建、集合住宅)が占める。社長のオークルさん(JamiOglePresident/CEO)はとても気さくな方で、コールセンター、役員室など本社社屋を丁寧にご案内してくださった。その後、防除施工の技術責任者のペイソンさん(Eric Paysen, Ph.D./Tecnnical Director)より、アルゼンチンアリについてプレゼンを受けた。以下にその要旨を記述する。

アルゼンチンアリは1891年頃にブラジルからニューオリンズに侵入し、カリフォルニアまで広がった。カリフォルニア州はアルゼンチンアリの密度が高く、ほとんどが一つの遺伝子に由来する。そのため、アルゼンチンアリ同士が敵対せず縄張りも無いので、一度防除しても、何もしないで放置しておくと周辺からすぐに戻って来てしまう。また、攻撃性が強く、圧倒的な数を武器(1匹に対して、複数で袋叩きにする)に在来のアリを駆逐する。アルゼンチンアリよりも体長が大きく、強力な刺針もある在来の収穫アリ(Harvester ant)でさえ、生息範囲が追いやられている。 基本的には野外の浅く湿った土壌を好み営巣するが、外の生息環境が悪くなると屋内に巣を移す。雨季、乾季など季節によって屋外と屋内を行き来する傾向にある。屋外では、コンクリート舗装の割れた場所や植木など湿った土壌に営巣し、屋内では水道管周りや壁の隙問などに営巣する事が多い。元来、サンディエゴの乾燥した気候はアルゼンチンアリにとって生息しやすい環境にはないが、人間の手によって住み良い環境が作られていると言える。アリマキやカイガラムシなど、お尻から甘露(Honeydew)を分泌する農業害虫と共生関係にあり、甘露を受取る代わりに外敵から守る役割を果たす。屋内に進入したアルゼンチンアリでも、こうした共生関係を維持している場合が多いが、防除する側としては好都合である。なぜなら、屋内に生息するアルゼンチンアリを探すための糸口となるからである。
アルゼンチンアリの防除はターミドール(英商品名:Termidor.有効成分:Fipronil)の登場で飛躍的な進化を遂げた。防除効果が高く、多くのPCOで採用された。しかし、大量のフィプロニル剤が無分別に使われたため、弊害として下水や河川などでフィプロニルが検出されるようになった。フィプロニル剤はシロアリなどでも使われているが、使用方法からアルゼンチンアリによる防除が水質汚染の原因であるとされた。というのも、シロアリの防除では薬品はそのほとんどが木材に付着して留まるが、アルゼンチンアリの防除は屋外に撒かれるので、それが下水に流れやすいからだ。例えば、コンクリートの上に散布し、その上から雨が降ったり、スプリンクラーの水がかかったりすると、フィプロニルは簡単に下水へ流れ出してしまう。 Lloyd Pest Control社では、カリフォルニア州の使用規定や登録ラペルに従い薬剤を散布している。それにより、水質汚染は9割防げる。

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アルゼンチンアリ防除現場の視察

まずは、家屋周辺に転力ちているフットボールやバスケットボールなど、子供の遊び道具が片付けられた。次に背負式の動力噴霧器にターミドール(使用濃度は原体換算で0.06%)を充填し、家屋の壁に沿って散布が開始。散布領域は家屋の壁面に沿って高さ1 foot(30.48cm)、奥行き1 foot。散布量は壁が湿る程度で、液剤が垂れるまで噴霧してはいけない(写真14)。
平均的な戸建では、1件当たり1ガロンから2ガロンを使用する。登録ラベルには建築面積1000平方フィートあたり1.5ガロンと記載されている(100平方メートルで約6.1リットル)。家屋壁面が終わると、次は芝生にサイキッ列英商品名:Cy-Kick。有効成分:合成ピレスロイド系)が噴霧された。低濃度大量散布で、これにより土壌へ浸透させ、巣の中のアルゼンチンアリの幼虫や餌となる徘徊昆虫も防除している。庭の植栽にはテルスター(英商品名:Talstar。有効成分:合成ピレスロイド系)粒剤が撒かれた。液剤だと葉や枝に付着してしまい、土壌まで十分に行きわたらないが、粒剤であれば土壌まで落ちて、その後に水を撒けば薬剤が溶け出す。(本来は芝生や庭の植栽にも家の壁面に散布するようなフィプロニル製剤を撒いた方が効果はあり、実際にフィプロニル粒剤も製品としては存在するが、水質汚染が懸念されるのでカリフォルニア州では承認は下りていない。)
こうして一連の防除作業は1時間程度で終丁した。価格は1回目が110ドルで、2回目以降が80ドルだ。通常、防除作業は3ヶ月に1回程度行われる。
現場視察が終わると、サンディエゴで評判の寿司屋で昼食を取った。今回の視察予定が全て終わり、ホッとした。(写真15)

終わりに

4泊6日の視察旅行で、多くの先生方やPCOの方にお会いした。皆さん、すべて好意的で、多くの情報を提供いただいた。ここで、改めて御礼を巾し上げます。

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