米国カリフォルニア州、 アルゼンチンアリ視察旅行(前編)

鵬図商事株式会社 服部 雄二

目的と活動内容

 2009年8月25日~30日、4泊6日でアルゼンチンアリの巨大コロニーがある米国カリフォルニア州南部を訪ねた。目的はアルゼンチンアリの生態、習性や防除方法を学ぶことにあり、具体的には以下の活動を計画した。
①アルゼンチンアリ繁殖現場の実地調査。
②アルゼンチンアリ研究を行っている大学を訪ね、その分野の研究者から最新の研究情報を得る。
③アルゼンチンアリの防除経験が豊富なPCOを訪ね、実際の防除現場を見学する。

アリの駆除に関するご相談はこちら

視察メンバー

 今回の視察旅行には4人のメンバーが集った。当視察旅行の発起人である鵬図商事会長の芝生さん。現場重視でアルゼンチンアリの研究を行っている「いきもの研究社」代表の吉田先生。アリ用ベイト剤を開発・販売している薬品メーカー部長の鈴木さん。そして、鵬図商事入社2ヵ月目の私はカバン持ち(ドライバー、通訳兼秘書)として同行した。

思わぬ出会い

 8月25日の午前11時、ロサンゼルス国際空港に到着。1O時間以上のフライトだったが、今回の出張を非常に楽しみにしていたためか、意外に疲れは感じなかった。到着してすぐ、シャトルバスでレンタカーのオフィスへ直行し、受付カウンターで貸出し手続きを始めた。その間、ふと外を見ると吉田先生がベンチをひっくり返し、その裏を覗き込んでおられた。何をされているのかと気になり近づいて見ると、手に握られたビニール袋の中には黒いクモが入っていた。先生はその袋を私の目の前に差し出し、「Black Widow (クロゴケグモ)捕まえたで」と満面の笑みを浮かべられた。先生に対して、失礼かも知れないが、少年のような目の輝きがとてもまぶしかった。まだ到着したばかりなのに、僅かな時間を利用して調査をされている姿を見て頭の下がる思いもした。
 レンタカーの貸出し手続きが終わると、宿泊地のカリフォルニア州リバーサイドヘ向けて車を発車させた。当たり前のことだが、レンタルした車は米国仕様なので、ワイパーと方向指示器が日本とは逆に付いている。そのため、右折、左折、車線変更をするたびにワイパーが動き、同乗者に不安がられているのではないかと心配になったが、やがて都心部を抜け、木々の少ない殺風景な景色が広がってきた。次第に運転にも慣れ、目的地へ順調に走っていたつもりだったが、事前に調べておいた乗換え出口がなかなか現れない。いつの間にか出口を通過してしまったようだ。とりあえずハイウェイを降りたが、同じ道を戻ると遠回りになりそうなので、一抹の不安を感じつつ、一般道を抜けて近道をしようとした。だが、土地勘が無いので、心配した通りというか、案の定というか、すぐに方向を見失った。道標となる道路標識を探そうと、目を皿のようにして運転したが、どこへ向かっているのか全くわからない。「これでは。ドライバーとして失格」と少し焦った。そんな時に後部座席の芝生さんから、「ちょっとUターンして」と不意に声がかかった。Mosquito&Vector(蚊と媒介生物)のオフィスがあったから、寄ってみようと言う

 施設の駐車場に駐車するなり芝生さんは車から飛び降り、受付の女性と何やら交渉を始めた。程なくして、奥から東洋顔の男性が現れた。名前はケン・フジオカ(Kenn FuJioka, PhD / Assistant Manager)。日本語は話せないが、日系3世であるためか、なんとなく親しみを感じた。お互いの自己紹介が一通り終わると芝生さんの取材が始まった。

 フジオカ先生の説明:当機関は蚊を初めとするハエ、ブユ、ネズミなど当地域(San Gabriel Valley)に生息する媒介生物を管理する公的機関である。活動内容は、個体数の監視活動、繁殖源の除去、化学・生物学的防除、学校に対する防除知識の普及啓蒙活動などで、IPMの考えを実践している。フルタイムスタッフは18名だが、夏季期間中は検査・調査業務の補助スタッフとして10名ほどのパートタイマーを雇用する。運営費は全て地元住民からの税金で賄われており、予算は年間で約270万ドル(約2億7千万円)ある。1世帯当りの支出額に換算すると年間約9ドル。活動対象となる地域の世帯数は概ね30万世帯ある。
 我々があまりにも唐突に現れたので、フジオカ先生も最初は少し面食らった様子であったが、色々と話をしているうちに打ち解け、研究室やオフィスを見学させて頂いた。見学が終わると、翌日に夕食をとる約束をし、再びリバーサイドへ向けて出発した。今度は地図を見ながら道順を説明して頂いたので、迷わずにホテルまでたどり着くことができた。ホテルに到着すると、しばし休息を取り、夜はUCR(University of California Riverside / カリフォルニア大学リバーサイド校)のラスト先生(Michael Rust, Professor of Entomology)とそのご夫人と夕食を共にした。その日の道中での出来事についてなど、楽しく談笑した。

害虫駆除に関するご相談はこちら

UCR視察

 UCRの前身であるカリフォルニア大学の柑橘類研究所が設立されたのは今から100年以上前。その後、様々な学部が加わり総合大学として発展した。こうした歴史的背景があるためか、現在においても農学、生物工学、植物学などの研究が盛んで、全米で高い評価を受けている。夕食をご一緒したラスト先生は、同校の昆虫学部教授で、アリ、ゴキブリ、ノミ、シロアリ、スズメバチなど、主に都市部に生息する害虫を研究の対象としている。
 8月26日、視察当日の朝、ラスト先生にホテル近くまで迎えに来て頂いた。そこから昆虫学部の研究室へ向かう道すがら、UCR敷地内に広がる実験用の植栽用地へ寄った。一般道が横切る広大な土地は様々な植栽に覆われており,除草剤,品種改良などの実験が行われている。
 昆虫学部の研究室では,3人の研究者に迎えられた。アルゼンチンアリの生態研究の第一人者であるグリーンパーク先生(Dr.Les Greenberg,PhD.,Associate Research Entomologist)。クモの研究をメインテーマとしているヴェター先生(Rick Vetter,Staff Research Entomologist)。都市害虫を研究しているライアソン先生(Donald Reierson, Staff Research Associate)。
 研究室にはアルゼンチンアリ、シロアリ(アメリカカンザイ、ヤマト)、ゴキブリ(マダガスカル、ワモンなど20種類)、ヒメカツオブシムシ、コイガ、コクヌストモドキ、ヒメカツオブシムシなど、様々な害虫の飼育箱が並べられていた。業界歴の浅い私には初めて見る昆虫ばかりで次々に目を奪われた。その中でも特に興味を引かれたのは今回の視察旅行のメインテーマであるアルゼンチンアリの飼育箱だ。最初にラスト先生からのアルゼンチンアリの実験に関する以下の説明を受けた。
 巣は真中が空洞になっている円筒形の石膏を重ね、天井には円形に切り取ったダンボールをかぶせた 。巣から垂れ出している白い靴ヒモは、浅い容器に入っている砂糖水(濃度25%)を巣の内部へ吸収するためのもの。これにより巣の中の湿度を保っている。糖質以外に蛋白源としてゴキブリの死骸を与えている。巣箱の隅にアリの死骸が山のように積みあかっているが、アリ自身が死骸を一箇所に運んで出来上がったものである。野外でコロニーの個体数が少ない場合は、雨風によって死骸が簡単に散らばってしまうため、こうした死骸の山は見られない場合もあるが、カリフォルニアではコロニーが巨大で、降雨量も少ないため、野外でも普通に観察できる (「日本では死骸の山を見たことがない」と言う芝生さんからコメントに対しての回答)。死骸を一箇所に集めるこうした習性は、衛生上の理由から行っており、それにより病気の蔓延を防いでいる。同じ構成の巣箱が複数並べられているが、砂糖水と蛋白質の割合を変えており、餌の内容により繁殖速度がどのように影響を受けるか比較実験している。これまでにわかっていることは、女王アリが卵を産むには一定量以上の蛋自質が必要であること。この実験以外にも、「薬品の即効性を比較するテスト」や「ベイト剤の喫食テスト(薬剤、糖、蛋白などの構成比や中身を変化させることで、喫食、忌避、誘因効果がどのような影響を受けるかの比較)」なども行っている。

グリーンパーク先生からは、アルゼンチンアリについて以下の話を聞いた。


  • フィプロニル(Fipronil)で殺虫したアリの死骸を巣に10匹入れると、伝播効果(屍食)で200~300匹のアリが死ぬ。
  • 実験室にある巣箱の中では、アルゼンチンアリは約9ヶ月で老衰。死亡率は1週間で全体の4-5%。自然界ではもう少し長生きすると思われる。
  • アルゼンチンアリが蛋白源であるゴキブリを喫食する場合、主に水分含有量の多い内臓部だけを食べる。他種類のアリの多くは、餌をバラバラ切り刻んだりするが、アルゼンチンアリはそれをしない。ミミズを餌にした場合でも、死骸が乾燥してしまうとアルゼンチンアリは寄らなくなる。べイトを使う場合でも、それが乾燥してしまえば、アルゼンチンアリは群がらない。
  • アルゼンチンアリを一番確実に同定する方法はアゴにある。アルゼンチンアリとForelius(同じカタアリ亜科)のアゴを比較した。
  • 米国で一般的に使われているアリ用液体ベイト容器。薬剤の有効成分を伝播させるため、通常は遅効性の液体ベイト剤を充填して使う。

次にライアソン先生からのクモの実験に関する説明を受けた。


 カリフォルニア州で最大(経済的に)の害虫はアリで2番目がクモだ。クモは不快害虫として、非常に嫌われている。クモを除去するために何千人もの人が業者に防除を依頼する。こうした背景から、NPMA(全米ペストマネージメント協会)からクモについての研究依頼を受けた。他の害虫に利用されている既成殺虫剤の中で、適用範囲をクモにまで広げることができる商品を探して欲しいという内容だ。そこで、エコスマート (EcoSmart®/天然ピレトリン)などいくつかの天然殺虫剤や化学殺虫剤を試してみた。実験のために使われたクモは、2種類。1種目はMarbled Cellar Spider(ユウレイグモの仲間)。このクモは、カリフォルニア周辺で最も一般的に見られるクモで、建物の軒下、窓、ドア周辺などに多く生息し、1つの建物に数百匹が営巣することもある。もう1種はBlack Widow(クロゴケグモの仲間)。これもカリフォルニアでは一般的なクモだ。実験を開始するにあたっては、まずはこれらのクモを捕獲した。それに小さいゴキブリを給餌し、十分に栄養を与えておいた。そして、クモを紙コップに入れ、薬剤を噴霧した。薬剤を噴霧した後はクモをすぐに新しい紙コップへ移した。薬剤の残留効果による影響を排除するためだ。薬剤噴霧当日は2時間毎、2日目以降は1日に1回生死を確認し、1週間続けた。ペルメトリンの効果はすぐに現れた。この結果は予想通りであるが、NPMAとしてはペルメトリンよりも安全性の高い薬剤で効果的なものが無いか知りたがっていたのでクモ用として登録されていない薬剤をいくつかテストした。結果、フィプロニルなどは低濃度でも有効なことが分かった。クモは疫病を媒介する生物ではないので衛生害虫(Public Health Pest)には指定されていないが、繁殖力が強く、そこら中に網を張るので不快害虫(Nuisance Pest)として多くの人に嫌われている。今後も駆除対象として大きな位置を占めていくと思われる。


 30年間クモの研究をしているヴェター先生からは、別のクモ実験について説明を受けた。


クモを除去する方法には色々あるが、除去後、どれぐらい経ってから戻ってくるかを実験した。キャンパス内にある建物の壁面を8m間隔で区切り、40箇所で実験を行った。それぞれの区画を下記5つのいずれかの方法で処理を行った。
A:未処理
B:掃除機で吸引処理
C:外壁ブラシで掃き掃除
D:濃度5%のペルメトリン(Dragnet®)を噴霧
E:濃度3%の天然ピレトリン製剤(EcoSmart®)を噴霧
最初に、上記処理を行う前日にクモの個体数を数えた。対象となるクモはMarbled Cellhar Spider。 処理後2週目、4週目、8週目に個体数を数えた。未処理は高い個体数を維持し続けた。掃除機、ブラシ、天然ピレトリン製剤の効果は同等で、個体数は右肩上がりで増え続け、瞬く間に処理前のレベルに戻った。ペルメトリンだけ残留効果が長続きし、8週間経ってもクモはほとんど戻らなかった。


 実験の説明が終わると、ヴェター先生に連れられ屋外で実際のクモを観察した。

 クモの観察が終わると、先生方と昼食をとるために近くのレストランへ出かけた。レストランに到着すると入口ドア付近の目立つところに 「THIS ESTABLISHMENT HAS COMPLIED WITH SANITARY REQUIREMENTS FOR GRADE A」と記載された証明書が貼られていた。衛生管理か行き届いていることを証明する表示だ。詳しいことはわからないが、芝生さんの話しでは、害虫管理に関する基準もあり、監査も行われているとのこと。こうした証明書があれば顧客も安心できるので、なかなかいい仕組みだと思った。日本でも食品衛生法などで同様の表示はあるが、店頭の目立つ所には掲げられていない。

 UCRの先生方もそれぞれの課題でお忙しいはずなのに我々のために快く時間を割いて下さった。予定していたアルゼンチンアリに加え、クモの研究についてもご講義いただいた。一緒に昼食を食べながら、そうした彼等のご好意を感じて感謝の気持ちで一杯になった。いつかは、何かの形で恩返しできたらと思う。昼食後、先生方と集合写真を撮った。

害虫駆除に関するご相談はこちら

偶然からつながる人の輪

 夜はMosquito&Vectorのフジオカ先生と約束していた夕食へ出かけた。フジオカ先生の祖父母は、それぞれ山口県、鹿児島県の出身で戦前にハワイへ移住されたようだ。両親は現在もハワイで生活し、本人も高校生までハワイで過ごしたそうだ。現在は奥さんと二人の子どもとロサンゼルス郊外に住んでいる。家族や趣味について楽しく談笑し、瞬く間に時間は過ぎた。いつかまた再会しようと約束し、最後に集合写真を撮った。

Mosquito&Vectorが発行する新聞に今回の出来事について記事を掲載すると後日フジオカ先生からメールがきた。面白い内容だったので、ここに紹介する。


 How Amazing is That? On Tuesday, Ramona approached the Assistant Manager with these words.”There are four Japanese scientists here to see you.” This worried Kenn since it meant he had either neglected to post an appointment on the District’s calendar,or he completely forgot a meeting with a group of scientists from another country.
As it turned out,they had become lost on their way to UC Riverside to visit their entomology department and in their wandering came upon our sign. Masahiro Yoshida is a prominent researcher in Japan and is an expert in Culex mosquitoes.Apparently feeling some comfort in seeing the word “mosquito,” they stopped by.
They were extremely interested in how mosquito control is conducted,not only in California but in the US.They were also impressed with our education program,and we were happy to provide them with some of our pamphlets and brochures.
Perhaps the most amazing part of this whole experience was that Dr.Yoshida and Kenn discovered they were both friends of the late Takashi Ishii, a noted professor who spent a one year sabbatical at UCLA when Kenn was a student there.


下記は要約。


こんな事ってあるの?火曜日、「日本から研究者が訪問に来ました」と受付に呼び出された。最初にこれを聞いた時、外国からの訪問客の予定を忘れたのではないかと心配した。蓋を開けてみれば、道に迷った研究者の一団が、馴染みのあるMosquitoの文字を目にして、引き寄せられるようにして立寄ったと言う。米国でどのようにして蚊をコントロールしているか興味あると言うので我々の教育プログラムを紹介したら感心していた。一番驚いたのは私かUCLAの学生であった時代に教わっていた石井先生と吉田先生がお知り合いであったこと。私たち二人を見て、「石井先生もどこかでスマイルしていることでしょう」とフジオカは言った。

後編に続く

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

PMPニュース302号(2009年9月)に戻る