ペストワールド2008:ワシントン大会から①

鵬図商事株式会社 顧問 岩本龍彦


 全米PMP協会の年次大会ペストワールドは、10月22日(水)から25日(土)まで、ワシントンDCのゲイロード・ナショナル・リゾート・アンド・コンベンションセンターで開催された。
 PW08。プログラムの表紙いっぱいに書かれた長体ゴシック文字である。大会テーマCapitalize on the Power of PestWorld「大会パワーに乗っていこう」には、今大会を契機に、不景気風を吹き飛ばしたいとの思いが込められている。その背景には深刻化するサブプライムローン問題と、現政権を覆すかもしれない初の有色人パワーが、このさき業界にどう影響するかという不安があった。
 一つ目の課題は、昨春に顕在化した住宅産業の低迷が、建築物衛生関連の防除事業を直に圧迫し続けていることだ。PCT誌5月号は恒例のPMP企業収益卜ップ100を特集し「07年は悪化する経済環境のもとで、シロアリ事業をはじめ一般住宅施工などが低調だったが、上位企業はM&Aなどで何とかしのいでいる」と報じた。しかし、この売上げ低迷がどれほど続くのかが、アメリカに限らずどの国のサービス産業にも共通した悩みになっている。
 二つ目が、いわゆるコンプライアンス(法律順守)不況である。このリポートは国民がオバマ氏を選んだあとで書いているのだが、もし民主党が勝利すれば、この業界にとって化学物質の幅広い使用規制など、生活者の安心・安全をテーマに、各種規制が本格化するなどが予想される。その結果として、この業界が更なるダメッジを被るであろうとの不安も秘められていたのは否めない。
 是が非でも75周年を出来るだけ盛大に祝い、結束を固め、業界の不況を少しでも和らげることになればとの願いが込められた大会だった。1933年にブトナーら50人がワシントンDCに集い設立した協会が、4600を超える会員を数えるまでに大躍進を遂げた。今大会は設立の地でその75周年を祝う記念大会である。

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開会式とゼネラルセッションから

 ワシントンDCを象徴するガラス製オベリスク(ワシントン・モニュメント)の載った演台。いつものとおりレダラー専務理事の挨拶から開会式が始まった。国歌吹鳴、各地の会長紹介、会長交代式(ガベルの引継ぎ)、前会長退任挨拶、新会長挨拶と型どおりである。とくに75周年記念だからといってことさらの行事はない。
 演壇の両脇に設けられた大スクリーンに、33年設立当時の政治社会国際情勢を物語るモノクロ映画や写真集が映し出される。キングコング最初の映画。ポンド暴落が世界的な景気後退を招き、各国の主要銀行が続々と破綻して行く。この大不況の中、アメリカでは33年3月31日にルーズベルトが大統領に就任。ヨーロッパではヒトラーが台頭し、37年に総統に就いた。この間の事情が短いコメントと的確な映像で語られる。
 レダラーさんが続ける。「その後の景気後退と大戦へと続く道程は周知のとおりです。しかしそのような状況にもかかわらず、ここワシントンに50人が集い、NPMAの前身である全米殺虫燻蒸業協会を33年10月20日に設立したのです」
 次いで歴代会長の一言が映像とともに紹介される。開会式のスポンサーであるバイエル・エンバイロンメンタル・サイエンス社の紹介があり、同社提供のヤング・サイエンティスト賞が3人の若者に授与された。最高賞に輝いたフロリダ大学のリッキー・ベスケス君は、カリビアン・クレージー・アントという聞くだに恐ろしげな名の蟻が、どのように巣を作るかを研究した。2位にはソウル大学農学部を卒業後に、カリフォルニア大学リバーサイド校へ韓国から留学のチョー・ドン・ワンさん。アルゼンチンアリにおける、屍食と遅効性殺虫剤のコロニー内伝達について研究した。3人目はオハイオ州立大学の女子大生ギャラハーさんで、対象となったのはシロアリの研究だった。みなさんが貰った奨学金はそれぞれ2500ドル、1500ドル、1000ドルと意外に思うほど少ない。
 開会式の翌日から連日8時30分に始まるのがゼネラルセッションである。まずは会長交代式典。「80年に一人で始めた防除業です。パートナーはといえば妻1人だけ。それで子供3人を育てました」と、前会長マイク・ロトラーさんの退任挨拶はしんみりさせる。専務理事ロブ・レダラーさんとの出会いが、自身の経営により一層のディファレンスを追求することになったそうだ。「29年を振り返ってみれば、PPMA(注1)やクオリティープロ(注2)制度の誕生があり、今また協会はクオリティープロ・グリーンへと発展を遂げようとしています」
 新会長ブルース・カーターさんは、クオリティープロの重要性を強調し、1社でも多くのプロ誕生を願うとした。続いて壇上に上がったPPMA会長による、NPMAファウンデーション(基金)への寄付要請がある。1口100ドルである。「投票用紙に所定事項を記入し、クレジットの引き落とし口座を添えて募金箱に入れれば、最終日にドロー(抽選会)があって、会場に展示中のベンツのスマートが当たります」。
 本日の基調講演のスポンサーはダウ・アグロ・サイエンスである。ダウの代表者「現今の世界的な景気のリセッションでPC0マーケットもとても厳しいですが、何事にもパッションを持って当たれば、道が開けると考えてv>ます」で、本日の演者カル・リプケンが紹介される。

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基調講演「パッション(情熱)」カル・リプケンjr.

基調講演は大会行事の目玉の一つでもあり、二つ用意される講演のうち一方は、彼らに人気の高いいわゆるスポーツ根性ものだ。とくに今回のスポ根は、野球殿堂入りした超人気の巨人、カル・リプケンである。
 長い野球生活の中で心にかけてきた言葉がパッションです。皆さんのお仕事は私が野球をするのとは違うでしょうが、日々の暮らしの中で、パッションを持ち続けることが大切なことに変わりはないはずです。パッションはさまざまな言葉で表現されます。

  • Rightapproach正しい行いには困難が伴いますが、常にチャレンジしてください。
  • Strongwilltosucceed成功への強い意志を持とう。
  • Love whatyou doあなたのすることが好きですか、愛せますか?
  • Love to competeどんなときも正当な競争を避けてはいけません。
  • Consistency主義主張が一貫していれば、問題解決もすばやく出来るのです。
  • ・Conviction事実に基づく確信を持って、物事を終わりまでしっかり見据えましょう。
  • Strength肉体的・精神的強さも必要です。訓練で得たものをどう維持するかも大切。
  • Life management生活のバランスをとること。例えば野球では監督でも個人では家族。

と8つの言葉でパッションを表現した。カル・リプケンにっいては肉体的精神的な強さ、品格、忍耐、高潔などの言葉が同義語として語られるという。とくに彼が身上とするプレーへの情熱と試合を楽しむ精神が、野球というスポーツに及ぼした影響は多大なものがあり、多くのファンを魅了し続けている。

注1、Professional Pest Management Alliance:1997年にスタートしたPMPの社会的地位確立、市場拡大のためのNPMAの政策。衛生環境の確保・市民の安全と財産の確保など、PMPの価値を社会に認めさせてきた。これによりPMPが社会の批判の矢面に立たされることが少なくなった。大衆啓蒙や政府の政策などにも関与する。
注2、Quality Pro:03年に提唱されたPMP企業の再開発とも言える政策である。消費者が求めるガイダンスに、協会傘下の個々の企業がどう答えるのか。質の高い業者になるために、アメリカの防除業経営者にはこれまでよりも、さらに襟を正した経営姿勢が求められることになる。

エデュケーショナルセッションから

 このセッションには例年70を超える講演がある。それも話題害虫に関する応用昆虫学に始まり、新しいPC0技術の紹介と応用などから、人事管理、IT管理、広告手法などにいたるまで、PC0企業経営に伴う企てと言ってよいほどの幅広さである。もともとこのセッションにはPC0事業が免許制のアメリカで、免許更新のための、いわば更新時講習としての役目もある。さきのプログラムには、EPAやUSDAの役人が参加する予定の「ますます厳しい殺虫剤規制-ラウンドテーブル・ディスカッションI、Ⅱ」があった。通しで聞けば3時間を越えるコースである。さすが行政の中心地ワシントン、最前線を行くエコ防除の施策が聴けると期待した。しかし残念ながらこの講座は直前に中止になった。政権交代が見えたいま、あと幾ばくもない政治生命の役人たちに、そのような場に出る気は毛頭ないのだろう。
 例年どおり、筆者が出席したセッションの中からいくつか選んで、ご参考に供したい。

食品施設のべストマネジメント2009年版

エリック・エイチャー(ブレマー・ペストコントロール社)

 NPMAの「食品施設のべストマネジメント2008年版」はホームページ上に公開されている (http://npmapestworld.org/TechSupport/documents/FoodStandards092507.doc)ので、すでにご覧になった方もいらっしゃるに違いない。しかしこの講演はまだ刊行削の09年版の予告のようなものだから、それなりの期待を持って聴いた。なるほど、08年とは違い目次部分からして整理のあとが窺える。とくに人的事項(パーソナル) の項目では、テクニシャン(オペレーター:従事者)の採用に関する留意事項に加え、(州や地方によ’って異なるが)テクニシャンにも毎夏に実施される試験(受験料40ドル、NPMA会員なら25ドル)に合格することが望まれる、とされた。この試験は食品施設のペストマネジメントについてのスタディ・ガイド(教本)にのっとって行われる。「詳しくはNPMAのホームページから入って、npmatesting.comを開くように」と。

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環境保全問題にどう対処するか

アンディ・アーキテクト、グレッグ・ボウマン、ボブ・ローゼンバーグ(NPMA)

 環境保護問題は世界的関心事であり、いまやPC0産業にも及んでいる。NPMAからの3人が、NPMAの取り組みについて解説した。
 自国の0PPプログラム(注1)に加え、最近では薬剤の使用禁止に踏み切ったカリフォルニアの例やカナダの農薬規制強化、遠くはEUのバイオサイド製品指令(BPD98/8/EC)の発効が、自分たちの職域を狭め始めていることに、アメリカのPC0は気をもんでいる。そのため、この講座は、会場立錐の余地のないほどに聴衆を集めた。
注1、Office of Pesticides Programs:FIFRA (連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法)第3章の定めに基づき、殺虫剤等の登録や再評価を行う
①PC0の世界にも炭酸ガス削減が求められている。
 従来は害虫のいるいないにかかわらず、定期的な処理がされていた。ところがマイアミのある野球場では、月に2回の定期的な殺虫剤撒布をやめ、きわめて少量の薬剤を的確に注入する方法で精密管理(プレシジョン管理)出来るようになった。
②クオリティーブロ・グリーン
 クオリティーブロに、グリーン防除が提唱されたのは1985年のことだが、まだ25%のPC0にしか浸透していない。クオリティープロならグリーンサービスを提供できるだけの技術がある。また、グリーンサービスにはグリーンな(環境毒性の低い)薬剤が選ばれ、NRDC(注2)も大きく関与する部分なので、グリーンサービスに徹することが、我々の将来を方向付けることにもなる。
③ グリーンの意味
 すでに約400のクオリティーブロがグリーンサービスを自分たちのプログラム(マニュル)に取り入れている。グリーン防除ではデータの記録がとくに重要視され、テクニシャンは誰だったか、どんなプログラムに準じたかを出来るだけ詳細に記録し、残すことが大切だ。テクニシャンとセールスマンへのグリーン防除に関するトレーニングも必要だ。このトレーニングはテストと対になっており、クオリティーブロ研修会に出席後のテスト(60問)に回答した結果、バスすれば晴れてクオリティーブロ・グリーンと認定される。
注2、The Natural Resources Defense Council:天然資源防衛評議会;アメリカ最大の環境保護団体のひとつ
④コミュニケーション
 顧客とのコミュニケーションのとり方、また、そのあり方が問われている。顧客獲得のためにグリーンサービスを名乗ることは許されていないのだ。つまり、クオリティーブロ・グリーンだけがグリーンサービスを掲げることが出来る。
 NPMAはそのために新しいロゴマークを作成した。ユニホームや車両などに使用が許諾されることになる。また、NPMAはセールスツールとしてのクオリティ-プロ・ツール・ボックスを用意、”クオリティ-ブロ・グリーンとは”のCDを販売中だ。

公共建造物のIPM

アル・グリーン (U.S.GeneralServiceAdministration)

 GSAは政府機関のひとつ。グリーン氏は政府保有建築物のFM管理について講演した。「私がこの会に最初に呼ばれたのは、まだ協会がNPCAと呼ばれていたころ、94年のことです」。80~90年代中期に、害虫防除の新しい考え方が示されることとなり、それをIPMと呼ぶことにしました。その契機となったのが62年のサイレント・スプリング(沈黙の春;新潮文庫)の出版でしょう。それ以降、殺虫剤が環境に及ぼす影響が問題視されるようになり、IPM防除の研究が盛んになったのです。
 今やIPMはペストコントロール産業の看板になっています。94年にNPCAが提唱した”A Bridge to The Future”(未来への架け橋)がそれを象徴し、従来型防除形態からIPMへのターニングポイントになりました。と、いかにも中央のお役所らしい説明が長々と続く。有機リン剤に対する消費者反応やIPMのコンセプト(殺虫剤の使用量の低減と技術の向上、ならびに害虫発生要因の除去などの)説明に及び、「IPMこそGreen Pest Control(環境配慮のべストコントロール) に違いありません」とした。
 GSAは政府関係の9000ほどのビルディングを管理しており、公共施設のIPMに不可欠な要件として: 訓練を積んだテクニシャン・公開調達・たゆみないインスペクション・新開発の殺虫剤の使用(新しいものほど環境影響などが詳しく調査されている) 予防技術に重点化などがあげられる。中でも被害の発生を予防することがIPMの中核であるとし、現在管理中の建築物には:

  • 害虫を呼び込まないように植栽を変更する。
  • ネズミが入り込めない特製のごみ箱の設置。
  • 野鳩防止のピン(レンガ壁の上に)やワイヤー(景観を損なう恐れのあるとき)の利用。
  • シロアリ侵入防止に内壁をタイル張りにする。等々の措置が探られている。

 PCO向け古典的な教本(HugoHartnack、1943)にある言葉「もし、害虫防除が正しく行われないならば、自然のままに放置すべきである」を引用し、発生予防についての逆説的な教示であると結んだ。(演壇を降りるときになって「あっ、そうそうIPMという言葉を定着させたのはリチャード・ニクソンが大統領の時でした」と、さすがお役人。)

ワシントンでいま何が起きているか

ジーン・ハリントン、ボブ・ローゼンバーグ(NPMA)

 世界中で次々と規制の輪が狭められて行く殺虫剤だが、大方の場合、その発信源は米国EPAに間違いない。筆者もEPAのHPをチェックしているのだが、毎年のこのセッションは、業界と行政とのやり取りを先取りしているので欠かせない。第110議会、68回目の大統領選、連邦州の規制状況、州ごとの規制状況について述べるとし、まずジーンさんから。
①第110議会から殺虫剤関連事項について

  • SchoolEnvironmentProtectionActof2008/H.R.3290(学校環境保健法09年に発効)
  • Don’t Let the Bed Bug Bite Act of2008/H.R.6068(トコジラミ刺咬防止法案)
  • Reauthorization Bill/Airline Insecticides Notification Provision/H.R.2881ほか(旅客機に60日以内に殺虫剤を使用した時は、チケットを販売する際に、その旨を客に告げなければならないという法律。アメリカ旅行協会が猛反対し、第109議会では民主党が両院で反対して不成立。しかし、今110議会では上・下院いずれも民主が賛成成立し、明年から施行される)

「ところで皆さんはオバマかね、マケインかな?」「昨日のインディアナでの世論調査ではオバマが勝った」。「『先を読むのは難しいこと』と言ったのはヨギ・ベラ(注1)だけど、民主が勝てばどうなるか、先は見えている」。「Democratin the House?」などなど共和支持の協会ではある。
注1、NYヤンキーズを皮切りに、捕手や監督として活躍。ホームラン記録などでも名をはせ、野球殿堂入りした名選手。ペラの発言はその独特の言い回しで” ヨギ・イズム”と呼ばれよく引用される。本名はローレンス・ピーター・ヨギ。
②今年発効した各種の規制
 ・殺鼠剤規制:98年に評価開始。当初は幼小児の保護が眼目だったが、野生(非標的) 生物保護へと発展した。EPAは07年1月にプロポーザル(法案提出) し、第2世代抗凝血剤をRUP’S(RestrictedUsePesticides:用法規制農薬)に指定。一般消費者向け商品はタンバリングレジスタント(開封防止)包装に限定した。
・再登録商品
メチルブロマイド:さらなる限定使用の方向へ。
Avitrol(注2):易分解性処方への変更と用途の限定。
注2-4 アミノピリジンを穀物粒などにまぶしたべイトで、主としてノバト駆除用。ニューヨーク州などではずっと以前に禁止している。
・EPAのシロアリ対策剤登録方式の変更
 登録前5年間効力試験:Doll House Test採用(従来型木片ブロックテストに替えて、5年間加害の有無を調査する)。
 効力が長続きする商品の締め出し;Greener Products (エコ防除のできる薬剤など)を優先する。残効性の高い(長期にわたって有効な)現製品およびそれらのゼネリック品を再登録できなくする。
・ FQPA (FoodQualityPreventionAct : 食品品質保護法)の再アセスメントと、これに基づく再登録は、ほぼ終了したと考えられる。
③緊急検討課題
殺虫剤が基本的に保有する性質の検討についてはまだ課題が残る。それらは、

  • WaterQuality:水質汚濁性の検討
  • Endangered Species:絶滅危惧種に及ぼす影響調査
  • BystanderExposure:第三者への影響(散布個所への立ち入り時の安全性など)
  • Volatilization:揮発性化学物質としての安全性
  • Asthma and Allergy Triggers:喘息やアレルギーの起因物質とならないかの調査

などである。と、結論した。
これらの課題に関する限り、日本の農薬取締法は彼等とほぼ比肩出来得る状況にある。つまり、食糧需給が全地球的に行われるようになるとともに、農薬(殺虫剤、殺菌剤、除草剤など)市場も国際化しており、この分野のハーモナイゼイションが進んでいる。(龍)

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次号にはNPMAワシントン大会から②として続編を掲載の予定です。

  • クリンタウン
  • 虫ナイ

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