博物館に寄せられた質問から 飲み物編①

名和昆虫博物館 名和 哲夫

ワインに虫が………

 数年前、輸入品を扱う会社から虫の同定依頼がありました。それは、イタリア産の赤ワインに混入していた虫ということでした。
 聞くところによると、卸した先のバーでお客さんからの注文で、赤ワインをボトルごと出した時のことです。半分くらい飲んだところで、異変が起きました。ボトルからワインをグラスの中に注いだ時、何かが入ったのでよく見ると結構大きな虫が………。ボトルを光に透かして見ると、下の方になにやらたまっているように見え、かなりの量の虫が入っていたということでした。幸いにもそのお客さんはお店の常連で理解のある方だったようで、なぜ、ボトルの中にそんなに多くの虫が入っていたのか、ということに興味がわいて、感情的な苦情にはならなかったようです。
 ただ、その店のマスターとしてはおもしろがってもいられないので、卸元の会社に虫の名前など、混入した経緯を調査するように依頼してきたそうです。
 電話での担当の方の話では、この混入は、原産地であるイタリアではありえないということでした。なぜなら、非常にきつい検査を経てきているからだというのです。おまけに出荷時には必ずレントゲンを通して、異物が入っていないかをチェックしているとのことでした。そうなると日本に入ってきてから混入したということになります。ボトルの栓は、お客さんの前でしか開けなかったと考えられますので、最も怪しいのがお客さん自身ということになってきます。でも、そんな先入観は禁物です。とにかく実物を見て調べてからです。

虫の正体

 当博物館には、問題のワインをボトルそのままで送ってきました。見てみると相当数の虫が入っています。一つ取り出してみると、何とハサミムシです。ハサミムシがどうしてこんなにワインのボトルの中に入っているのか、正直理解に苦しみましたが、これはまぎれもなくハサミムシの仲間です。問題は、この種がヨーロッパにもいる種なのかということです。正直、ハサミムシを扱ったことはあまりなく、文献も揃っていないので、かなり難航しそうだと不安も小さくありませんでした。

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検索表でたどる

 まずは常とう手段の検索表で絞っていきます。触角の節の数や、翅があるかないか、あっても短いか長いか、第2 ふ節の形など調べていくと、奇妙なことに突き当たりました。これだけ大きな種なのに、該当するものがないのです。クギヌキハサミムシの仲間だろうというところまでわかったのですが、どれにも当てはまらないのです。ハサミムシ科としては日本にせいぜい20種ほどしかいないのに、該当しないということは、ひょっとするとヨーロッパに産する種なのだろうかという疑いが出てきます。しかし、そんな文献はないし、もしそうだとしたら、うちではもうお手上げです。
 何かヒントはないかと、インターネットで検索していると、目に留まるものがありました。それは、Wikipediaに使われているハサミムシの画像によく似ているのです。たどっていくと、ヨーロッパクギヌキハサミムシという種に突き当たりました。
 これは出来すぎの感はあるものの、この線をたどるべきだと思い、インターネットでいろいろ探していると、過去日本にもこの種が入ったことがあるらしいのです。でも、日本で定着したというようなことはなさそうです。見つけたことが非常に珍しいこととして扱われているので、そのお客さんが大量にこの種を持っていて、いやがらせのために入れたという説は、到底信じがたいものになりました。また、インターネットによれば、ヨーロッパクギヌキハサミムシは、農作物を食害する草食昆虫であると書いてあります。ますます怪しくなってきましたが、インターネットの情報はヒントにはなっても、確かな情報として扱うべきではないので、この先は、原産国で調査してもらった方がいいと考え、その旨を依頼主に伝えることにしました。

まずは種の同定から

 電話の向こうで、担当の方は少なからず驚いていました。レントゲンまで使うという検査体制なのに、これほどの混入を見抜けなかったということは、今後、根本的にそのシステムを見直さなければならないでしょう。また、慎重を期して、できればインターネットでヨーロッパクギヌキハサミムシを見つけたという報告をしている人に何とかコンタクトをとって、一度、見てもらった方がいいとも付け加えました。私自身は、この種の現物を見たことがなかったので、今までの報告はすべて消去法から来る仮説でしかありません。ひょっとして、イタリア側と依頼主との関係がスムーズでないと、トラブルのもとになるかもしれません。その前に、種の同定をしっかりしておいた方がいいと思ったのです。
 知り合いやインターネットの情報をもとに、その人の名前などがわかったので、依頼主に教えて、この件についての当方としての仕事を終了しました。その後、依頼主がどこまでやられたかはわかりませんが、今回得た教訓は、虫の混入を防ぐ手立てに完璧はないということです。過信は、思わぬ失敗につながります。今回は、もちろん依頼主がお客さんに失礼なことを言うということはありませんでしたが、混入経路を探るのに種の同定前に予断を持ってかかると、見えるものも見えなくなる可能性があるということを戒めているように思います。

虫との戦い

 もともと虫を含めた野生動物たちの天下に侵入して、彼らの棲息環境を破壊して我々人類は快適な生活を確保しています。追い出された彼らも、種の存続をかけて入り込める隙間があれば侵入してきます。当博物館の初代館長名和靖は、「昆虫との戦いは戦争である」と位置付け、「敵を倒すには敵のことを知らなければならない」とし、まずは、昆虫のことを知るために昆虫採集や飼育研究など基礎研究の必要性を説きました。ひょっとすると日本人が子どものころからよく昆虫採集をしてきたのは、靖の存在も大きかったのかもしれません。
 それはともかく、人間と虫は、自然界に生きる生物としては仲間であり、いてほしくない居住空間や農業などの空間では敵にもなります。どんなにうっとおしい存在の虫でも、大自然の一員で、無駄なものはいないのですから、殲滅するという考え方は、自然の流れに逆らうことになります。気にならない程度に彼らの侵入を防ぎながら、その中で快適な生活を追い求めるという姿勢が、自然の流れに沿うやり方だと思います。

ワインに虫が………その2

 また、輸入品を扱う別の業者からイタリアから輸入した赤ワインの中から虫が出てきたということで、調査依頼が来ました。2 頭混入していて、取り出してみると、カメムシの仲間でした。3 年たたないうちに2 件も混入事例があるなんて、ワインの製造工程はどうなっているのだろうとちょっと不信感を持ちました。などと文句を言ってもしょうがないので、もう少し詳しく調べてみると、どうも、オオヒメヒラタナガカメムシか、その近縁種ではないかというところまでわかりました。図鑑には近似種が多いと書いてあり、また、イタリアで混入したとなれば、これ以上の断定はできません。オオヒメヒラタナガカメムシ自体もヨーロッパにも分布するので、そのものずばりという可能性もあります。もちろん、死んでいましたし、ワイン漬け状態でしたから、製造工程で混入したのでしょう。どの事例も赤ワインというのも、やはり視覚的に見逃しやすいということかもしれません。白ワインなら出荷前に発見されやすいでしょうから………。
 常日頃、虫の混入に対しては製造者側に同情的な私ですが、別業者とはいえ、立て続けに、しかもどちらも複数入っていたとなると、さすがに、ワイン製造者よ、もう少ししっかりしてくれないと、と思ってしまいました。

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